離れ住む朝(あした)の卓に皮膚うすきクロワッサンを互みに置けり

柳澤美晴『一匙の海』(2011年)

「離れ住む朝の卓」というから、本当なら一緒に暮らしているはずの二人だ。なじんだ恋人、あるいは夫婦。離れて暮らす二人の、それぞれの一人の朝を女性の側から歌う。

 

クロワッサンは二人の朝食の定番なのだろう。薄い生地が幾重にも重なって層になったあの質感を「皮膚うすき」と言っている。皮膚という言葉のためか、クロワッサンがどこか繊細で陰影のある食べ物に見えてくる。「互みに」とは言っているが、相手の姿は実際には見えないのだ。一人で卓に向かいながら、「あの人も今ごろクロワッサン食べているかなあ」というほどの心情である。相手を思う心が生活の細部に宿る、そんな恋の深さを示す一首である。

 

『一匙の海は』作者の第一歌集。このほかにも印象的な相聞歌が数多くある。

   フラスコにシロツメ草の挿してある研究室にきみを訪ねる

   くちびるをわれの額に載せたまま髪の先まで眠るきみあり

   塩基配列ひとつ違ってもきみに逢えぬ不思議の世に照る月は

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