偶然を恃むことすでになくなりてゆきずりの店にスィートピー購(か)ふ

尾崎左永子『星座空間』(2001年)

スィートピーはマメ科のつる草。
鉢植えや露地のものは晩春から初夏に可憐な蝶形の花をつけるが、園芸種としては冬咲きや夏咲きの品種もあり、花舗にならぶのは主に冬から早春。
名前のとおり甘い香りがするが、切花にする冬咲きの品種は香りの弱いものが多い。

きっとまだ寒い時期だ。
主人公は、通りすがりの花舗で、スィートピーの切花を目にした。
ピンク、白、紫。最近は黄色や濃い赤のものもある。
春の先ぶれのようなその花を、気まぐれのように買って帰った。

偶然を恃む、とはどういうことだろう。
子供のころは、席替えで好きな子の隣になったり、好きな子とたまたま同じ電車に乗り合わせたりするのがうれしかった。
大人になってからも、偶然の出会いが、人生を大きく変えることがある。
酒場での出会い、旅先での出会い。
恋だけじゃなく、仕事の領域でもそうだが、特に若いころ偶然に左右されやすいのは、自分自身の背負っているものが少ないせいだ。

年齢をかさねるにしたがって、人は分別や力量を身につける。
偶然に期待をしなくなるのは、そうしたものが身に具わった結果でもあるのだが、それはすこしさびしいことでもある。
偶然目に留まったスィートピーを胸にかかえて、主人公はそんなことを思う。

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