しらさぎが春の泥から脚を抜くしずかな力に別れゆきたり

吉川宏志『夜光』(2000年)

「別れ」は、ほんとうにつらい。
別れのときの、身動きがとれなくなるような喪失感。
「別れぬ」「別れし」などではなく、「別れゆきたり」という粘りのあるフレーズから、そんな重苦しい心とからだを連想する。

どうして別れなければならないか、どのようにして別れるか。考えただけでも、身をひき裂かれるようだ。そんな経験は少ないにこしたことはないが、誰もが経験することである。
<別れ上手>などという言いまわしを耳にしたことがあるが、そんなひとがほんとうにいるのだろうか。上手な別れかたなどない。みんな、別れが下手なはずである。

どんな別れかたであっても、別れるとき、自分の感情や周囲の情況のどうしようもない流れのようなものを感じることがある。
「しずかな力」というのはそういうことなのか。

「しらさぎ」は白い鷺のこと。沼や川や田んぼに、すぅっと立つ姿は美しく、見るものの胸にちいさな光をおとす存在感がある。
その白鷺が、獲物を見つけたのか、やがて生ぬるい春泥から細い脚を引き上げ、動く。静物がうごき、そこに働いた力を考えてしまう作者の神経の細やかさ。

そして、短歌という短い詩に並べ置くことによって、「しらさぎ」の「脚」にこめられた力と、「別れ」にむかうときの心の疼き。それぞれが別の角度から光をあてられ、よりふかい理解と共感をよびこんでいる。

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