無理をしてほしいと言えば会いにくる深夜かなしく薔薇を抱えて

俵万智『チョコレート革命』(1997年)

結婚している男と、結婚していない女が、恋をした。
どうしても逢いたい夜、女はそのままの気持ちを男にぶつける。無理をしてでも逢いにきてほしい、と。自分にはこいびとに向かう時間がたくさんあるけれど、相手にはないのも承知の上だ。
そんなことをしてどうなるのか。相手が苦しむだけだとわかっているのに、気持ちを抑えられない。男を独占したい。

恋愛には、自分がうつし出される。うつし出されたこころは、美しいとはとてもいえない場合がよくある。自分はこんなにも我慾の強い人間だったのかと思い知らされるのである。

男は逢いにきた。疲れているにちがいない。
「深夜かなしく」に、男の苦しみを見てしまった哀感と、自らの実在の暗部を恥じる気持ちがあらわれている。
下の句の「かなしく薔薇を抱えて」は

薔薇抱いて湯に沈むときあふれたるかなしき音を人知るなゆめ   岡井 隆

をおもい起こさせる。岡井の歌もまた、人間の実在のかなしみを湛えている。

どんな恋をしてはいけないとか、どのようなひとを愛するべきだなど、わからない。
けれど、夜の暗がりのなか、冷たく青ざめた白い薔薇をともに抱くことができるこいびとになんて、そうそう出逢えるものではない。
ああ、なんだか恋がしたくなってきた。

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