みんなまけみんなまけぺらぺらのマスクに顔を包んであゆむ

加藤治郎『しんきろう』(2012)

 
加藤治郎の最新歌集『しんきろう』は、これまでになく迷いと哀しみに満ちている。とりわけ第1章、年若い弟子の死に際して作られた「朝の笹百合」と「風と光」は、哀切きわまりない。

 

  こんなことなんどでも起こるといいながらきみの手紙を折り曲げている

  風のなか渦巻くひかりの粒をみて青年の死をかたりあうのみ

  ふさふさの犬の頭が鞄から見えて車内は暗澹となる

 

「こんなことなんどでも起こる」と口に出して自分に言い聞かせるのは、「なんどでも起こる」とは思えないほどの哀しみを胸に抱えているからではなかったか。「ふさふさの犬の頭が鞄から見え」る愉快な風景を前に、暗澹たる気持ちを抑えられないところにも、語り手の思いの深さが感じられる。

「みんなまけ」の歌は、「ふさふさの犬の頭」の次に置かれており、やはり、才能ある若者の死を悼む気持ちを引きずっているように読める。とはいえ、「まけ」とは、単に才能の有り無しを比べているのでも、人生を見比べているのでもない。語り手は、これからも「ぺらぺら」と生き続けていかねばならない自分たちの、生きることそのものの悔しさを何度も噛みしめているのである。「みんなまけみんなまけ」という空虚なリフレインと、やぶれかぶれの破調に込められた絶望はどうだろう。

さて、歌集全体のトーンとはやや異なるかもしれないが、個人的に好きな一首。

 

  パンを焼くベルトが巡るじりじりとざわめく朝のホテル太平洋

 

ホテルの慌ただしい朝の風景を描いていると見せかけて、「パンパシフィック」「太平洋ベルト」が埋め込まれているというトリッキーでユーモラスな歌。「ホテル太平洋」という固有名詞のホテルなのか、「パンパシフィックホテル」をわざと言い換えているのかわからないが、読んでいるうち、本当に太平洋を巡る旅の途上にあるような気分になってくるのが楽しい。

旅はまだまだ続いていく。速やかに朝の支度をすませて、外の世界に出かけなくては。

 

編集部より:加藤治郎歌集『しんきろう』はこちら↓

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