起こす声聞こえてたけどクワガタの卵になって眠ってたから

本多稜『こどもたんか』(2012)

 
私の弟がごくごく小さかった頃、「僕たちがかぶってるミラージュ」と発言して、大人たちをキョトンとさせたことがあった。ミラージュは、当時の石川家が乗っていた車の名前。「乗る」ではなく「かぶる」と言ったのがいかにも子供らしい間違い方なのだが、同時に、「そういえば車って『かぶっている』感じだなあ」という実感もあって、皆妙に感心してしまったのだった。
 

この歌は、そういった子供らしい子供語録を、そのまま定型に流し込んでいる。朝寝坊の言い訳に「クワガタの卵」を持ってくるユニークさ。クワガタの孵化を実地で観察した者だけが使えるとっさの一言だ(私はやってみたことがないけれど、クワガタを人工的に孵化させるのは結構大変らしい)。
「クワガタの卵みたいに」ではなく、「クワガタの卵になって」と言っているところにも、本気さが滲む。頑なでありながら生命力に満ちた、男の子の眠り。

『こどもたんか』はその名の通り、子供をテーマにした歌だけを集めた歌集である。息子たちを詠んだ歌は前歌集『游子』にもぽつぽつ入っていたのだが、今回は三人目の子供(初めての女の子)が誕生してからの日々をたっぷり描いていて、まさに子供と四つに組んでいる感じ。娘の年齢に合わせ、「0」章から始まっているのも楽しい。
 
 
  ぼく土の中でじいっとしてたん父さんと母さんが結婚するまで

  ラーメンの大雨だぁって胃袋がいま言ってるよ はや完食す

  ゆで卵丸呑みせんとして叱られて「だって図鑑で蛇がやってた」

 
クワガタの卵同様、子供語録をそのまま取り込んだ歌は皆、生き生きしている。一方、

 
  テーブルのお皿をまずは逃しやる 摑まり立ちの怪獣よ来い

  ゴム栓を抜きし流しの水のごと大き皿からイチゴ消えゆく

  みほとけの口をポカンとあけたるを見しことはなきが眠る七歳
 
 
など、親の目線で歌った作品には、穏やかな愛情が感じられる。

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