蔽はれしピアノのかたち運ばれてゆけり銀杏のみどり擦りつつ

 

                        小野茂樹『羊雲離散』(1968年)

 

 今日の一首は、小野茂樹の代表歌のひとつである。引っ越しのためだろうか、蔽われて運ばれてゆくピアノを作中主体はすこし離れたところから見ている。表現としてはピアノが運ばれるのではなく「ピアノのかたち」が運ばれてゆくとなっている所が印象的だ。黒い布に覆われて、しかしピアノの形がそのままにゆっくりと運ばれてゆく。その形から、見えていないはずのピアノの重厚感や質感がなぜかリアルに頭のなかに再生されるのである。見えていないけれど、このピアノには確実に手触りがある。

 そして下の句、ピアノは銀杏のみどりを擦りながら運ばれてゆく。季節的には初夏の感じだろうか。緑が擦れて動く時、なんとなく主体のこころも躍動するようだ。「みどりに擦られつつ」ではなく「みどり擦りつつ」であるのも良いと思う。ピアノの質感や季節のなかではずむこころがふっと差し出されており、シンプルなようでいてかなり計量された一首だと思う。韻律としては、「運ばれてゆけり」の句跨りが効いているだろうか。句をまたがって「ゆけり」を読み下す時わずかにスピードが上がる。韻律に動きが出るが、それはこの歌の内容にふさわしい。

 巧んでいないようでいて、どこか完璧に計量されているような感じ。それは私が小野の歌からしばしば感じる印象だ。

 

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