口内炎は夜はなひらきはつあきの鏡のなかのくちびるめくる

内山晶太『窓、その他』(2012)

 

何年も心待ちにしていた内山晶太の歌集が、ついに出た。10代で作歌を始めてはや20年。近作を中心とした約10年間の作品から絞りに絞って抽出されたこの歌集は、どこのページを開いても美しい歌ばかりで、完成を本当に嬉しく思う。もちろん、そういう感想を持っているのは私だけではないようで、Twitter上では早くも「#内山晶太祭り」というハッシュタグが作られ、お気に入りの短歌が次々と引用・鑑賞されている。

 

内山晶太の歌は、日常の、非常に些細な動作やもの思いから出発していることが多い。たとえば、大きな口内炎ができて、鏡の前で口のなかを確認してみること。誰でも経験したことのある場面のはずなのに、「鏡のなかのくちびるめくる」と言われてみると、とても意外な展開のように感じられる。「くちびるめくる」という言葉に艶があって、何か秘めやかな儀式を目撃したような気持ちになるのである。

「はつあき」という季節も絶妙。目にはさやかに見えない秋が静かに忍び込む頃、口内炎もそっと花開く。

韻律の流れ方も優美だ。「はなひらき」「はつあき」で明るい「は」と「き」の音を重ね、「はつあきの」「鏡のなかの」で「の」を畳みかけ、「くちびる」「めくる」で「く」「る」とウ音を重ねて収束させる。ひらがな書きが多めで、ぽつぽつと辿るように意味を追っていく感じも、歌の雰囲気とよく合っていると思う。

 

第1章からもう少し引く。

 

  舟ゆきてゆりあがりたる池の面は眠れる人の顔にあらずや

  さみしさも寒さも指にあつまれば菊をほぐして椿をほぐす

  観覧車、風に解体されてゆく好きとか嫌いとか春の草

  鉄道のなかに白夜があるという子どもの声すわれの咽喉より

  逆光にくろきわが手をことのほか蔑みながら昼の砂浜
 

どうです、この旨みと渋み、そして華やぎ!

 

私にとって内山晶太は10年以上前からたくさんの場を共有してきた大切な戦友だが、そのことと、この歌集が素晴らしいと思うこととは全く関係がない。むしろ、この歌集を手にして初めて彼の短歌を知る人が羨ましい。若い人も、年老いた人も、短歌を愛してやまない人も、短歌など一首も作ったことがないという人も、今すぐ『窓、その他』を手にとって、内山晶太に恋をすれば良いと思う。

 

興奮気味のまま、第2章以降は来週に続きます。

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