馬は人より天にしたがひ十月のはがねのかをりする風の中

                         塚本邦雄『睡唱群島』(1976年)

 馬は古来より人間と密接な関係を築いてきた動物である。時代によっては高価な財産であり、あるときは戦で人間と生死をともにしたこともあっただろう。しかし、この歌では馬は、人よりも天に従う。人から離れて馬は幾ばくかの自由を得たのか、幸せなのかは分からないが、天の摂理に従っているというところが重要だろう。そして、十月の鋼の香りする風のなかに、馬は漂うのである。「はがねのかをり」は、十月の冷たくなった風の手触りを伝えていよう。神経と感覚が一瞬研ぎ澄まされるようだ。
  第二句までとそれ以降は、半ば取り合わせのような構造になっている。作者は人の手を離れた馬を、秋の風のなかに置き、それ以上何も言わない。馬にとって人を離れて天に従うことがどのような意味があるのか、その意義付けは保留されたまま映像がぱっと広がるのである。そのときに「はがねのかをりする」喚起する手触りとイメージは鋭敏で鮮やかだ。

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