ひつじ雲それぞれが照りと陰をもち西よりわれの胸に連なる

小野茂樹『羊雲離散』(1968)

 

「ひつじ雲」という言葉を聞いたとき、人が思い浮かべるのは、羊の群れのような雲が空いっぱいに広がっているところ(引きの構図)だろう。しかし、この歌の語り手は、ひつじ雲の羊一匹ずつ(?)をクローズアップし、丹念に見つめている。無数に広がる雲の一つ一つが照りと陰を持っていることを意識したとき、世界の途方もない複雑さに、ふっと眩暈のようなものを感じる。

ひつじ雲が「西より」連なっていると感じたのは、おそらく夕方に差しかかり、西の空が赤く染まっているからだろう。そして、はろばろと空を眺める「われ」の心の内にも、「照りと陰」が、ささやかだが確かに存在している。

繊細でメランコリックな一首である。

 

  引き伸ばせし写真の隅の卓のうへ黒きはきみの手袋と知りぬ

  洞のごとき夜道にわれを追ひ抜ける犬の尾白しうしろ足まで

  昼終へし片側くらし港よりにぎはひ灯す町を来たれば

  鬼やらひの声内にするこの家の翳りに月を避けて抱きあふ

 

写真に写り込む恋人の黒い手袋。夜道で目にした犬の尾の白さ。昼と夜。「鬼は外、福は内」の声からも月の光からも隔てられた暗い場所で、そっと抱き合う二人。いずれの歌も、光と影(光の当たらない部分)のコントラストがくっきりと描かれていて、印象的だ。小野茂樹の歌はどれも、鮮烈な青春を感じさせるが、こうしたコントラストの強さも、青春性に深く関わっているのではないかと思う。

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