白タイルのしみを這ひゐる秋虫とわれは圧(お)されて階のぼるなる

 

                        坪野哲久『新風十人』(1940年)

 

 白いタイルのしみの上を秋の虫が這っている。何となく、今くらい(10月下旬)くらいの季節感だろうか。ひんやりとした空気の中の,ひんやりとした白いタイルを虫は進んでゆく。この冷たくて,静謐な体感は重要であろう。何を目的にか,いっしんに虫は歩みを進めてゆく。そこで,主体はふと気付く。そういえば自分も何かに圧されるように,この虫と同様に階段を上っているのだ、と。

 何に圧されて階段を上るのか。それは何かにである。秋という季節に圧されるのか,目に見えない力か,朝になれば自分に出勤を促す社会常識の力か。いずれにせよ、幾分抽象的なものによって,虫と共に主体は圧されて階を上ってゆく。主体は、虫にも「われ」にも幾分の憐れみを感じているように思われる。結句の「階のぼるなる」という,やや口ごもるような連体終止には,そういった精神的なわだかまりが出ている。日常の,ふとした折の気分と意識の歌であるように思う。

 

 

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