壁の線横に流れるものだけが速度のなかで消されずにある

高橋みずほ『凸』(1994)

 
 子供の頃、算数の教科書に「身近なものの中から幾何学模様を見つけましょう」という課題があった。おにぎり、広げた傘、球場のフェンス、花の芯、エレベーターの押しボタン。ひとたび視点を変えると、世界は驚くほど幾何学模様に溢れていた。

高橋みずほ『凸』を読んでいて感じるのは、日常の中から幾何学模様を見出していくのによく似た快感だ。

車や電車の中から外を眺める。遠くの景色はゆっくりと移り変わっていくように見えるが、近くのものは一瞬線を描き、あっという間に流れ去っていく。

「速度のなかで」とは大胆に抽象化された言葉だが、このように表現したことで、単に車窓からの眺めを描写するだけでなく、「速度」という概念そのものを捉えることにも成功している。

 

  コーヒーを注いだカップの口に沿い湯気はすばやい回転をする

  回転の速いタイヤとアスファルトに弾き出された雨の雫

  編み目沿いに滑り始めた水滴は息をつぎて下へと向かう

  胴体に垂直に立つ尾をとめて犬の関心坂道登る

  空間に線を引きつつ遠景をなお遠ざけて雨の町

 

どの歌も、「動いているもの」というより、「動いていること」、その力や速さに関心があるように見える。網戸(?)を下る水滴の不規則な動き、ぴんと垂直に立った犬の尾や「関心」の向く方向へ一直線に突き進む姿(かわいい)、降り続く雨など、水平、垂直方向のまっすぐな動きが多いのも特徴的だ。

全体的に破調が多いのも、目や耳で鋭く捉えたスピード感を、5・7・5・7・7のゆったりしたリズムに流し込むことを良しとしないからではないかと想像している。

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