目覚むれば胸底までもひびき入る蛇口のしずくは乱れもなしに

坂口弘『坂口弘歌稿』(1993)
 
むき出しの蛇口からこぼれて、胸の底までまっすぐに落ちてくるしずく。目覚めたばかりの心に、その水音は寂しく響き渡る。普遍的な寂しさを歌った歌だが、これが獄中の作であることを考えると、また違った感慨が湧いてくる。
 
『坂口弘歌稿』は、連合赤軍の一連の事件で坂口弘に死刑判決が下った後、有志の手により出版された。
個人的には、坂口弘は短歌より散文の方が優れていると思うのだけれど、この不器用な佇まいの短歌が、作者にとって大きな意味を持っていたことは想像するに難くない。
 
  わが胸にリンチに死にし友らいて雪折れの枝叫び居るなり
  冬来れば草木の凋み枯れゆきて極左の相が現れいずる
  面会の往き来に見遣る刑場は常磐線の脇にあるなり
  獄に咲く赤き柘榴の花見んと病いいつわり医務室へゆかんか
 
人はいかなる局面にあろうとも、生きて語らなくてはならない。この人が書いたものから感じるのは、シンプルにして重い、そんなメッセージである。

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