遠いドアひらけば真夏 沈みゆく思ひのためにする黙秘あり

澤村斉美『夏鴉』(2008年)

しずかな、そして強い想いがここにある。
だれかを大切にいとしく想う姿を想像する。

「遠いドア」「沈みゆく思ひ」「黙秘」。このような言葉によっていつしか想念へと曳きこまれる。
そこは無重力で、想いだけがある空間。ともすればそこは閉じられた暗闇になってしまう。
けれど、「遠いドアひらけば真夏」という表現がそうはさせない。
「遠いドア」は胸の奥にあって、救いにつながっているかもしれないという希望とともに存在する。
その「遠いドア」のむこうには、「真夏」というあつくてあつくてあっけらかんとしたあの季節があるというのだ。

目の前がくらくらするほど照りつける太陽。
熱い砂。
くるくるまわる日傘。
真夏の光景は目の前に広がっている。はじめは、ドアをあけてそこに踏みだしていくのかとおもった。けれど下の句では、立ち止まったままの印象をうける。
あたかもそこには足を踏み入れないと決めているようだ。
なぜなのか。わからないけれど、若さゆえのストイックさも感じられて、かなしく懐かしくなる。

「沈みゆく思ひのためにする黙秘あり」。
こころのなかに、このような美しい壁をはりめぐらせ、ひとりのひとを愛せるのは一生のうちに何度あるだろう。

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