霊魂の(脆き)甲鎧、か? 若者の(滑らかで涼しき)素裸、は

石井辰彦 『蛇の舌』(2007年)

*「霊魂」に「たましひ」のルビ、「甲鎧」に「よろひ」、「滑」に「すべ」、「涼」に「すゞ」、「素裸」に「すはだか」のルビ

 

男が男の肉体を賛美する歌だ。若者のなめらかで涼しい素裸は、たましいのもろい鎧だろうか、と歌の語り手は自問する。<霊魂の/(脆き)甲鎧、か? /若者の/(滑らかで涼/しき)素裸、は>と5・8・5・7・7音に切って読む。

 

ルビ、括弧、疑問符、句読点を多用している。いま一首からこれらの記号を取りのぞき、上下句の倒置を戻して「若者の滑らかで涼しき素裸は霊魂の脆き甲鎧か」と書けば、小説かエッセイに出てくるような文章になる。散文として通るこうしたことばに、もろもろの記号をほどこし、句跨りを使って短歌に仕立てるのが作者のスタイルだ。上の句(脆き)や、下の句(滑らかで涼しき)など、括弧がなくても歌意はほとんど変わらない部分に、わざと使って視覚的に趣向をこらす。歌集の中には三点リーダ(……)を多用した歌も多い。ペン画をえがく感覚に似るだろう。

意味内容とともに、見た目のたたずまいを鑑賞する歌なのである。このページではルビを振った形の表記ができないので、ぜひとも頭のなかに本来の一行の姿を思い浮かべていただきたい。

 

意味内容の観点からみれば、男性陰毛の歌の系譜を引く作品といえよう。この歌を含む「体毛を剃る若者に寄せて」の章には、エピグラフとして、岡井隆『人生の視える場所』から<陰毛はなぜあるのかとあやしみきつやつやしきを夜半に刈りつつ>が引かれている。その岡井作は、斎藤茂吉『ともしび』の<Munchenにわが居りしとき夜ふけて陰の白毛を切りて捨てにき>(ウムラウトとルビは省略)を引くだろう。

 

歌集を手にとって読むと、キザがインクを着たような歌が紙の上に並んでいるが、キザもここまで徹底すればいっそ気持ちがいい。石井辰彦は、1970年代に「七竈」50首で「現代短歌体系」新人賞を受賞し、選考委員の中井英夫に「まるで冥府から釈迢空と三島由紀夫が相談して送ってよこしたよう」(「現代短歌体系」11巻)といわせた短歌界の鬼才だ。

受賞作にはこのような歌がある。

 

もみぢ葉の染むる出湯に若者は腰をひたせりぼんなうの午後

快楽はここにありの實熟れ熟れて蟻群れてあり黄金なす午後   *「黄金」に「こがね」のルビ

 

出発から四十余年、作品のスタイルは変化してきた。変わらないのは、技と美意識とたっぷりのサービス精神だろう。とことん読者に奉仕する。短歌総合誌上で最新作品を読みたいと思う作者の一人だ。

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