ダライ・ラマ帰るなき夏の宮殿に咲き盛る僧衣に似たる緋の花

五十嵐順子『Rain tree (レイン トゥリー)』(2008年)

ダライ・ラマは、チベットの宗教上の統括者であり、政治的にも大きな影響力を持つ存在であった。歴代のダライ・ラマはチベットの奥地ラサにあるポタラ宮殿にすんでいたが、現在のダライ・ラマ14世は、1959年に暴動からのがれるためインドへ政治亡命した。現在はインド北部のダラムサラにすむ。
つまり、「ダライ・ラマ帰るなき夏の宮殿」とは、ラサのポタラ宮殿である。
チベットの奥地、酸素のうすい土地の小高い丘の上に、この宮殿は清らかさを湛えてたっている。
その下から見上げると、澄んだ空にうかぶ舟のようでもある。

たどりついたポタラ宮殿に咲いていた花は、ヒナゲシだろうか。あざやかな緋の色。
それは、ラマ僧たちが身につけている僧衣のあざやかな色に似ている。

ダライ・ラマ不在のポタラ宮殿には、ラマ僧もまばらなのかもしれない。いっしんに仏道をきわめようとする僧はどこにいってしまったのだろう。
僧のかわりのように、可憐で強い高山植物の花がたくさん咲き、風になびいているのがまたなんとなくさびしい。
そんなおもいが「僧衣に似たる」という表現にこめられている。

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