数寄屋橋ソニービルディング屋上に青きさんぐわつのみぞれ降りゐき

小池光『廃駅』(1982年)

 

銀座の数寄屋橋交差点にあるソニービルは、1966年にオープンし、2013年3月7日現在まだ存在している。ソニーという企業も存在している。世の移り変わりのはやさを思えば、これは大したことだ。たとえば同じ銀座でも、1967年にオープンした映画館「銀座シネパトス」は今月末で閉館する。

 

歌は、よく知られた一首だ。作者の代表歌ベスト5に入るともいわれる。数寄屋橋にあるソニービルの屋上に、青い三月のみぞれが降っていた。5・8・5・8・7の三十三音。

「ソニービルディング」と「さんぐわつ」の取り合わせが眼目である。建物の正式名称は、日本語表記「ソニービル」、英語表記”Sonybuilding”だが、それを片仮名で「ソニービルディング」とやる。東京駅前の丸ビルは正式名称を「丸の内ビルディング」といい、こちらとあわく響きあう。三月の方は、旧仮名表記を堪能せよとばかり「さんぐわつ」と開く。

さんがつ

さんぐわつ

見た目のインパクトが違う。

 

旧仮名遣いの楽しさは、「あじさい」を「あぢさゐ」と書き、「ゆうぐれ」を「ゆふぐれ」、「くれない」を「くれなゐ」と書くことにある。一首の発表当時、「さんぐわつ」の効果は上々だったらしく、風説によれば三月を同じように表記する歌があちこちに現れたという。だがそれゆえ、以後「さんぐわつ」はパターンとなった。なってしまった。二十一世紀のいま、「三月」でなく「さんぐわつ」とやるのは少しばかり勇気がいる所業である。

 

三句の「青き」は、直接は「さんぐわつ」にかかるが、意味上は「みぞれ」にかかる、と読む。なぜ三月にみぞれが降っているかといえば、それはこの歌が、

 

春の雪

銀座の裏の三階の煉瓦造に

やはらかに降る         石川啄木『一握の砂』(1910年) *原作は総ルビ

 

という歌へのアンサー・ソングだからだろう。啄木の一首が発表されて約70年後、「春の雪」は「さんぐわつのみぞれ」となり、「銀座の裏の三階の煉瓦造」(「煉瓦造」のルビは「れんぐわづくり」)は、「数寄屋橋ソニービルディング」となった。啄木へのあざやかな返答だ。歌の背景として、二人の作者がともに北国で生まれ育って東京に出てきた若者だったことを、思いたい人は思う。

都会中の都会である銀座に降る春のみぞれ。実際に三月のある日、ソニービルにみぞれが降ったのか、銀座でそれを見たのか、と作者に問うのは野暮というものである。

 

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