11mm径40mm長マグナム弾愛に殉じて炸裂したり

藤原龍一郎「歌壇」2010年11月号

*詞書 片岡義男「約束」

 

「印象・驟雨」と題する一連20首から。

詞書がついているので、片岡義男の「約束」という小説ないしエッセイを素材にした歌だとわかる。だが、片岡の小説の中ではあまり知られていないだろうこの4百字詰原稿用紙にして30枚ほどの短篇「約束」を、いったい何人の「歌壇」読者が読んでいるのか。

 

私は読んでいた。片岡義男のファンである。しかも、「約束」は片岡作品中で最も好きなものの一つなのだ。よくこんなにマニアックな小説を素材にするな、と驚くより先に、なぜ私の好きな小説がわかったんですか、と作者に聞きたくなる。もしかしたら、この歌は私のために作ってくれたのでしょうかと。

 

「約束」は、一言でいえば、インモラルかつ浮世離れした小説だ。きわめて片岡義男的な小説といえる。舞台はアメリカのとある田舎町、登場人物は日本人の若者である「彼」と「彼女」。

 

以下引用

「では、約束を守る」
と、彼は言った。
「うれしいわ。最高」
一歩だけ、彼はうしろにさかった。そして、彼女の名を呼んだ。
かすかに首を片方にかしげて微笑し、
「なあに?」
と、彼女は言った。
そのみじかい言葉のうしろに、銃声がかさなった。轟音とともに彼の右手にすさまじい反動がきた。軽くグリップしていたため、銃身は四十五度ちかくはねあがった。
発射された弾丸は、至近距離から彼女の心臓をぶち抜いた。
着弾の瞬間、彼女が体に巻きつけておいたブランケットは、突然に風をはらんだかのように、大きくふくらんだ。彼女の体をつらぬいた弾丸は、背中から噴き出した血しぶきを空中に置き去りにし、荒野の彼方へ飛んでいった。(中略)弾丸を体にくらった瞬間、彼女の両足は地面から浮いた。体を深く「く」の字に折りつつ横ざまに空中を飛び、絶命して地面に叩きつけられ、転がった。(角川文庫「俺のハートがNOと言う」に収録)

引用ここまで

 

約束とは、彼が彼女を射殺するという約束だ。ただし、なぜそんな約束をしたのか、二人はどのような関係か、等々は小説に描かれていない。彼と彼女が田舎町に着き、銃を調達し、アップルパイとコーヒーのおやつを取ったのちに、約束を実行する場面を、小説家は淡々と描写する。「愛に殉じて炸裂したり」の「愛に殉じて」の部分は、藤原による作品解釈だ。

 

<11mm径/40mm長/マグナム弾/愛に殉じて/炸裂したり>と、8・8・6・7・7音に切る、一首三十六音。大幅な字余りになっても、とにかく「約束」を歌に仕立てたい、という作者の愛を感じる。知る人ぞ知る小説「約束」に対する愛だ。よくぞ歌にしてくださいました、藤原さん、といいたくなるのである。

 

このページと隣りあう「月のコラム」の3月分で、藤原龍一郎は内山晶太作品について「人名に興味がわかなければ、読み過ごされてしまう歌の作り方ではあるが、わかろうとしてくれる人だけに感受してもらえればよいとの思いは、断念と表裏のものである」と書いているが、これはそのまま書いた当人の作歌姿勢だろう。断念の心でうたう人、それが藤原龍一郎だ。