都築 直子


一九四九年夏世界の黄昏れに一ぴきの白い山羊が揺れている

浜田到『架橋』(1969年)

 

浜田到は、1918年の明日6月19日に生まれ、1968年4月30日に49歳で死去した。

『架橋』は作者の死後に編まれた歌集であり、制作時期による仮名づかいの変遷は原作通りに収録されている。上の一首は新仮名づかいの時期の作、一方、浜田の作品中もっとも知られる<ふとわれの掌さへとり落す如き夕刻に高き架橋をわたりはじめぬ>は、作者晩年にあたる旧仮名づかいの時期の作だ。

 

初句「一九四九」の「四九」はどう読むか。「よんじゅうく」か「よんじゅうきゅう」か「しじゅうく」か。ここではひとまず「よんじゅうく」と読んでおこう。<一九/四九年夏世界の/黄昏れに/一ぴきの白い/山羊が揺れている>と6・13・5・8・8音に切って、一首四十音。「一九四九年」を丸ごと初句と取れば、上句は13・6・6音に切れる。指折り数えて短歌を作っていた初学者のころ、私はこの歌に出会って「センキューヒャクヨンジューク」などという長い語を一首に投入する作者の大胆さにおどろきつつ、「こういう字余りも有りなのか」と勇気づけられた。

 

歴史をひもとけば、日本が敗戦国となって四年を経た1949年は、「銀座カンカン娘」「悲しき口笛」「青い山脈」がヒットし、下山事件、三鷹事件などが起きた年だ。固有名詞は、時代と連れ添う。ある世代の人には「なつかしの昭和」そのものであり、ある世代の人には「経験していないがノスタルジーを感じることば」だろう。それに対して、「一九四九年」にノスタルジックな匂いはない。「銀座カンカン娘」と聞いて「古いなあ」とは思っても、「一九四九年」と聞いてそうは思わない。固有名詞は古びるが、年代の数字は古びない。

 

「一九四九年夏世界」とことばにして差し出されたとき、1955年生まれの私はこう感じる。自分がまだ生まれていなかった世界にも、確かに夏はあって、黄昏があって、そこでものを考えている一人の<わたし>がいたんだなあと。タイムワープして、白い山羊のかたわらに立っているような錯覚をおぼえる。たしかに、「夏世界」は観念語だ。「世界」は、歌に使えば何か言った気がするが、気がするだけの語だ。読み手に「作者はいい気分だろう」と思われるだけの語だ。でも、ここではうまく働いている。抽象化した表現が、効いている。具象化をして<「悲しき口笛」流るる夏の黄昏に>などとしたら、感傷によろめく歌になってしまう。

 

下句「一ぴきの白い山羊が揺れている」の山羊は、どこにいるのだろう。草原か、農家の裏庭か、<わたし>の心の中か。実景とも心象風景とも読めるフレーズだ。山羊が「揺れている」のは不安や焦燥のためか、それとも希望や期待ゆえか。何を感じとるかは読み手のあなたの想像力次第です、と歌はいう。

 

大井学著『浜田到 歌と詩の生涯』(2007年 角川書店)は、綿密な取材を重ねて歌人の全体像を描いた労作だ。多くの私信類が紹介されており、中でも、辣腕編集者の中井英夫が、世に出す前の浜田に書き送った作品へのダメ出しが印象深い。

以下引用

坐睡 これは自信作なのでしようが、次の 晩婚式 耳の少年 一滴の世界 ともども、あなたの悪い言葉癖がひどく出ていて、ここは発表しても受けとれる人は誰もいないでしよう。(中略)あまりにもひねつてわけの判らぬいい廻しが、作者の好みとして多すぎます。そうかと思うと「嘴に藁 季節は空をかへり」といつた豊かな歌い出しが「院事うそ寒しカレンダー壁に」などという貧しい言葉でとめられてしまうといつた破綻もあり、残念なことです。

引用ここまで

 

新人の資質を見抜く力といい、これと思った相手を飴と鞭で自分のペースに巻き込んでゆく強引さといい、いまや絶滅したタイプの編集者として、中井英夫は興味つきない存在だ。