一ノ関 忠人


鳥のこゑ松の嵐の音もせず山しづかなる雪の夕暮

永福門院『風雅和歌集』(1346~9年頃)

古典和歌を読もう。

折口信夫は、親しい友人によるとある夏、蔵にこもり『国歌大観』を読み通した。蔵から出た少年折口は青白い顔で「玉葉、風雅だね」と言ったという。長い歴史を持つ短歌形式の極地が『玉葉和歌集』『風雅和歌集』という京極派の編んだ勅撰集であるということだ。その後、折口は学問上その確信をあとづけて行く。ひとまず『世々の歌びと』や藤井貞和編『折口信夫古典詩歌論集』(岩波文庫)を読んでもらいたい。

永福門院は、南北朝時代、北朝方の伏見院の中宮である。藤原俊成、定家を継ぐ二条派に対抗した京極為兼に従い伏見院とともに京極派のもっとも代表的な歌人である。京極派の和歌は、『万葉集』を重んじて「心」を尊重、自然を歌うには対象を凝視観照する中から、見たままありのままを飾らずに歌うのだという。京極派の代表的な歌は、また別の機会に紹介するつもりだが、ここでは永福門院の冬の歌を採り上げた。

兼好が「冬枯れの気色こそ秋にはをさをさおとるまじけれ」(徒然草)というように、冬の荒涼は「中世人の美意識」(小林守『永福門院』笠間書院コレクション日本歌人選)であった。

 

むらむらに小松まじれる冬枯れの野べすさまじき夕暮の雨      風雅和歌集

遠近(をちこち)の里のわたりぞ静かなるかよひ絶えたる雪の夕暮  百番御自歌合

寒き雨は枯野の原に降りしめて山松風の音だにもせず          同

 

永福門院は、このように冬を積極的に歌った。「むらむらに」は京極派の好む歌語。あちこちに群がるさま。三首目にかんして折口は「女性の扱いにくい冬の景色を、ここまで作り上げられるのは不思議である」と評している。

「山の雪」を題にしたこの掲出の歌、題詠による歌合の一首ながら、特に目立った修辞を凝らしていない。雪の山里の夕暮の景色が、きわめて平明にうたわれている。鳥の声、松を吹く嵐の音もしない。雪が降りだして、降り積もると物音が一切消されたような静けさがやってくる。京極派の歌は、古典和歌ながら私どもにも意外に親しみやすいのが特徴である。現代の歌に混ざっていてもふしぎがないように思える。

折口はこの歌に「気分の勝った歌だが、その描写も、気分に負けてはいない」(『世々の歌びと』「女流短歌史」)と評している。さらに「女流短歌史」は折口の独自な「女歌」の論へ繋がるのだが、ぜひ読んでいただきたい。