佐藤 弓生


スクラッチノイズの入った曲を聴く みんなどこかへ帰りたい夜

天野 慶『つぎの物語がはじまるまで』

(2016年、六花書林)

 

 

スクラッチノイズは、レコード盤に針を落として聴くとき発生する雑音のこと。クラシックやジャズなどの古い音源に混じるパチッという音は、「古き良き時代」という成句をも連想させます。

ですから「帰りたい」というのは順接の感情で、意外性があるわけではないのですが、ではどんな時代や場所へ帰りたいのかといえば、具体的なビジョンはなさそうです。漠然とした郷愁であり、「どこか」と言うほかないでしょう。

このような気分、希望も失意もテンポよく短歌で綴ってゆくなか、岩本憲嗣さんの脚本とスズキロクさんの漫画がいくつか挿入されるのが当世風。どちらも天野さんの一首をもとに独自のショートストーリーをなしています。

宇宙船の中らしい情景をバックに、宇宙飛行士訓練生とその教官とおぼしいふたりが話す漫画は、こんな具合。

 

「先生 何聴いてるの?」

「地球の古い曲だよ」(中略)

「卒業旅行 その地球って所にしようかな」

「そりゃいいな 俺も行きたいよ でも残念だ 今はもう無い星なんだ」

 

このあと、冒頭の天野さんの短歌が挿入されます。

物語が、「どこか」とはどこなのかについてひとつの解釈を述べているわけですが、逆説的に、短歌そのものは物語ではないことも示していると思います。

『伊勢物語』等における文と歌、和歌集における詞書と歌など、歌は歌以外の要素との関係のなかで成立してきた面があり、それが天野さんの歌集のタイトルにも表れているようです。