光森裕樹


橋なかば傘めぐらせば川下に同じ橋あり人と馬行く

岡本かの子『かろきねたみ』(青鞜社:1912年)


 

◆ かすかに怖い (1)

 

雨の中を、傘をさして歩く。通りかかった橋のなかほどで傘をくるりと回すと、ふと川下にも同じ橋があることに気付いた。今渡る橋と同じようなその橋にも人や馬が行き交う――
 

かの子にとって、この一首は雨の日のさりげない風景描写だったのではないかと思う。しかし、暑い季節に読むとかすかな怖さに背筋のあたりが涼しくなる。
 

「傘めぐらせば」の「ば」は「傘をめぐらせたところ」ぐらいの意味であろうが、どこか「傘をめぐらせたので」と因果の存在を感じさせる。傘をまわしたことをきっかけに、世界がよく見ると同じ部品でできていることに気がついてしまう。
 

川には同じ橋がかかり、同じように人や馬という存在が行き来する。その橋から見た川下にも同じ橋が掛かっているかもしれない。そして、今渡る橋も私も、誰かから見たら同じ川下の存在なのかもしれない。
 

この歌に怖さを感じるのは、現代がコンピュータ社会であり、多くのものがデジタル信号として高度に並列化・効率化されているからではないだろうか。一首の解釈にも、受け手である読者の時代が反映されるものだ。
 

もし世界がコンピュータのなかのシミュレーションにすぎないのであれば――
橋も人も馬も、私はコピー&ペーストで済ませるであろう。
 
 

(☞次回、7月12日(水)「かすかに怖い (2)」へと続く)