生沼 義朗


山中律雄/父の死を忘れて父を問ふ母にその死告ぐればいたく悲しむ

山中律雄『仮象』(現代短歌社・2016年)


 

前回取り上げた福島泰樹は法華宗の僧侶として知られるが、今回の山中律雄(やまなか・りつゆう)は曹洞宗の僧侶である。山中は1958(昭和33)年秋田県生まれで、歌人としては「運河」に所属し、川島喜代詩に師事した。『仮象』は第4歌集で、2009(平成21)年から2015(平成27)年までの作品408首を収める。

 

 

母の手を取りて寝床にゆく父の老いのふたりのいつまでならん
われひとり診療室に呼びだされ父の重たき病状を聞く
認知症すすみて父の容態を理解し得ざる母の笑顔よ
冬いまだ凍らぬみづを彩れる鷺もとどまる雲もまた白
吹き降りのものも巻きつつ移りきて雪のつむじが目の前に消ゆ
命終を待つ父の傍ぜひもなく腹減りて妻とにぎり飯食ふ
一時間ごとに容態確かめて代理のきかぬ会議に出づる

 

 

歌集の大きなテーマは家族と風土である。歌集の冒頭から父の看取りを詠み、家族の置かれた状況を丹念に詠んでゆく。その間に詠まれる秋田の風土を詠んだ歌は、さすが佐藤佐太郎の流れを汲む歌人だけあって眼前の実景を詠みながら景色の奥にひとりの人物の抒情が露出しない形でこめられており、生に対するみずみずしいとさえ言っていいかなしみが湛えられている。人物の歌との配置も実に効果的である。

 

掲出歌は歌集前半の「四月八日」一連13首の最終首。「四月八日」一連は父の病状が重篤になって亡くなるまでを描く。歌集冒頭部の歌から母親が認知症に罹っていることがわかり、父の死をすでに告げているのに母は忘れているので、父はどこにいるのかを問う。これだけでも子からしたら充分かなしいのだけれど、母にあらためて父の死を告げたときに「いたく悲し」んだ。このときのさらなるかなしみは筆舌に尽くしがたいものがある。しかもこのやりとりは掲出歌に描かれたときだけではないだろうとも想像できる。意味内容の壮絶さが平明な文体で淡々と描かれるところによりかなしさが増してきて、読者の胸に迫ってくる。

 

最初に山中は僧侶であることに触れたが、『仮象』に僧侶としての仕事を直接詠んだ歌はほとんど見られない。出張や会議に行ったり、何かの団体の役員を辞めるに辞められないなどの歌もあるが、具体的な背景はあえて描かれない。しかし人間や事物を見る視線や物事を考える思考に、僧侶であることは間違いなく影響している。歌集題は

 

 

飛行機の窓よりみればかがやきて仮象のごとく夜の街はあり

 

 

の一首から採られている。山中はあとがきで「私が生まれる前のとてつもなく長い時間。そして私が死んだ後も果てしなく続いてゆく時間。絶対の主人公であるはずの自分がいなくなったとしても、何ひとつ変わることのない宇宙の営みからすれば、私の存在などはほんの一瞬の仮象に過ぎず、立場を逆にした時、身めぐりを移ろう全てのものも仮象なのかも知れない」と述べ、ここに山中の思考やこの歌集の理念が表れている。

 

ここまで〈かなしみ〉というキーワードを多用したが、まさに山中の歌の肝は作者が抱える、そしてすべての人間が抱える〈かなしみ〉である。そのかなしみから歌が紡がれるが、決してかなしみに溺れない。だからこそ眼前の自然を精確に描写でき得ている。特に山中の歌は自然に対する姿勢や描写と人間に対する姿勢や描写の比重が釣りあっていることは押さえておきたい。大抵はどちらかに片寄ってしまうことが多いのだが、『仮象』は一冊のなかで絶妙なバランスを保っている。それはやはり先に挙げた、時間や人間という存在に対する確固たる理念があるからこそなのだ。