岩尾 淳子


かくろひし水路さがしていくこころ万葉集はとほき口笛

       岡井隆 『五重奏のヴィオラ』(「岡井隆全歌集三」思潮社2006年より)

 

初句からゆったりと歌が流れている。そして万葉集にたどりつき、さらに「とほき口笛」と懐かしく詩情を高めて着地させているところが見事。一首のなかに長い時間が滞留しているようで、そこに気分を預けて、しばしうっとりできるのがなんとも気持ちがいい。

「かくろひし」という万葉を思わせるやわらかな言葉が、すでに彫りの深い時間を誘い込んでいる。「水路」はこの作者が好んで使った言葉。ちょっと硬質で知的な香りがする。言葉の硬さと柔らかさを存分に使い分けて、たっぷりした響きを作り上げている。しかも、自身の歌の源流をはるかに提示して貫いている想念が明るい。

この作者が歌会で「歌というものは、ゆらゆらとたゆたいながら最後までたっぷりと歌うもんだよ」と呟くように評されていたのを思い出した。

 

わがままに育ちしことも花おぼろ愉しく高く抱き上げにけり

 

この歌集には子どもが3人と妻との5人家族が描かれている。ここに抱き上げられているのは女の子だろうか。男の子だとこうも甘くはなれない気がする。「花おぼろ」という歌詞をさらっと差し込むことで、たちまち詩情が香る。女の子の姿も、ちょっとわがままに育っていることも全部がかわいい、そんな幸福な時間を自ら高く抱き上げて祝福している。このように伸びやかに子どもの歌がひびくのも、目立たないけど平明な言葉の構成の巧みさにあるようで、韻律のうつくしさに魅せられる。

 

なにくれとなくさわがしき庭先に繊きみどりの草楽あはれ

 

この歌は、前の歌のすぐあとに置かれている。具体的な人物はまったく描かれていないけど、庭先をさわがしているのは子供たちに違いない。三人の子どもたちや妻の声が部屋のなかまで聞こえてくるのか。それを喜ぶこころが見える。人物の気配を「繊きみどり」と置き換え、さらに「草楽」ということばを点したところでこの歌が楽器のように鳴り始める。「草楽」というような言葉があるのだろうか。あるいは作者の創作だろうか。どちらにしても、平明なことばを連接させながら、1か所に宝石のような言葉をさしこむことで景を天上的なものにしている。

 

書き加へたる一文字に詩は活きて口笛ひとつわが立ちあがる