吉田 隼人


いまを吹く風 恐竜のほんとうの鳴き声を誰もずっと知らない

近江瞬『飛び散れ、水たち』(左右社:2020年)

子供の頃から恐竜が好きで、短歌を好きになってから嫌いになるまでの期間よりも、恐竜を好きでいる期間の方がずっと長いので、恐竜が出てくる歌はつい採ってしまう。

この歌は意味としては「いまを吹く風」と太古の恐竜とを対比しているのだが、そのわかりやすい対比を「風」と「恐竜の」の間の句割れで強調しているところがうまい。

いまを吹く風は、もしかすると化石を吹き抜けて死せる恐竜から鳴き声のようなものを鳴らすかも知れない。しかしそれはもちろん恐竜の本当の鳴き声ではない。人類は恐竜が絶滅してから生まれたのだから、恐竜の声を聴くことは叶わない。徐々に皮膚の色や羽毛があったことなどわかってきても、実態のない声をつかまえることは難しいだろう。骨格から推定される声が合成できたとしても、それは本当の声ではない。誰もずっと知らないものに思いを馳せるとき、いまを吹く風はいっそう新鮮に感じられるかも知れない。