久我 田鶴子


月かげを背後そびらに溜めてなかぞらを量感すごき五月のむら雲

島田修三 『露台亭夜曲』 角川書店 2020年

 

一首が溜め込んでいる力。行き場のない感情が塊となっているようだ。一首がそのまま「量感すごき五月のむら雲」であるかのように。

この歌で、動詞は「溜め」の一つだけ。「溜めて」と使われているのだから、「むら雲のあり」とでもして受けなければならなそうなのに、結句は「むら雲」と体言止めになっている。その一語で、ぐいと一首を押しとどめている (てい)  である。切れもないまま、一首は球体のようになり、力が溜め込まれている。

時は、五月。月光を背後に溜めているのだから、夜だ。中空には、むら雲。その、塊をなす雲は、月光を背後に溜め、その量感たるや、ぞっとするほどだという。

この歌の前には、「小高賢をしのぶ会より連れ立ちて柳宣宏 (やなぎ)  と帰る互ひの日々へと」が置かれている。まるで詞書のような一首で、セットで読むべき歌なのだと思う。小高賢をしのぶ会の帰りに、見上げた夜空。そこに見えた雲の様。行き場のない感情が塊となって、と感じられたのも、なお受け容れがたいものとして小高の死があったところから来ているのだろう。

「なかぞら」は、どちらとも定まらないところ、それは彼岸と此岸の交じり合っているところでもある。雲の背後に感じられる月の存在は、死者がなおそこに留まっていることを思わせる。「量感すごき」が孕んでいる不穏な空気は半端ではない。死者が今にも現れそうな恐ろしさである。

その年の二月十日、小高さんの死はあまりに突然であった。本人にも自分が死んだとは受け容れがたいだろうと思われるほどに。しのぶ会が開かれたのは五月。その死から三ヶ月が経っていたが、偲ぶと言うにはまだ生々しく小高さんは存在していた。それは、しのぶ会に参加した多くの人が感じていたことだったかもしれない。それに、五月だ。青葉繁る、生命力にあふれた季節にあって、中空をただよう魂は、いっそう〈生〉の側にとどまろうとしていたかもしれない。

受け容れがたい〈死〉の前に、死者が見せた景。生き残った者が見てしまった景。繰り返し読んでいると、歌は呪文のように響き、やがて祈りへと変わっていくようだ。