三田 三郎 『鬼と踊る』 左右社 2021年
靴紐を固く結んだときに、同時に何かを絞め殺したように感じた。その何かとは、と自らに問いかけている。
自分でも明確に〝これ〟と言うことはできないのだが、それでも何かを絞め殺したような感触はリアルだったにちがいない。
ギュッと靴紐を結んだ後どうするのかと言えば、そこから歩み出すのだろう。靴紐を固く結ぶことで、これまでを思い切り、過去にした。出発に際しては、思い切らなくてはならないものがある。だとするならば、絞め殺したのは〝これまで〟、〝今までの自分〟であったのかもしれない。
「訳もなく靴ひもを固く結ぶとき」と言っているが、ほんとうは固く結ぶ訳を知っていたのではないかと思われる。ただ自分ではまだ意識できていないだけで、無意識の領域ではちゃんと自分で分かっている。そんな気がする。
「絞め殺した」などと言われると不穏な空気が漂うが、新たな旅立ちのための通過儀礼のようなものだったかもしれない。
筆箱にお守りとして入れてある五年経っても現役の殺意
この歌、「五年経っても現役の殺意」とは物騒な。
物騒な感じではあるが、それは筆箱に入れてある「お守り」だという。殺意がそのまま実行に移されることはない。凝り固まった負の感情が、「お守り」のように生きる支えになることもあるだろう。
それにしても「五年経っても現役の殺意」だなんて、ある意味では健全かもしれない。しぶとく〝いつか殺してやる〟と思い続けているのだから。(そう言えば、むかし読んだマンガで〝いつか殺してやる〟と主人公がときどき呟くというのがあったが、あれは何だったっけ?)
それは、やっつけるべき対象をもって励んでいるということなのだろう。筆箱に入れてある「お守り」ということからも、こちらが学んで力をつけることで相手を倒せそうな気がする。
気を付けろ俺は真顔のふりをしてマスクの下で笑っているぞ
行儀よく座る男の膝の上に拳という鈍器が置いてある
見かけと中身は違うぞとすごんで見せられながらも、行儀のよさの方があとに残った。