前田康子『おかえり、いってらっしゃい』(現代短歌社、2022年)
「オキノタユウ」という連作から。このオキノタユウとは何か、おなじ連作の次のうたがおしえてくれる。
アホウドリをオキノタユウに改名する動きのありてされど進まず
オキノタユウとはアホウドリの改名案であった。そうおもってみると、アホウドリ(阿呆鳥)というのは、いくらなんでもひどい名前である。どうしてこんな名前になったのか、とおもうとき、今日の一首がある。
ここでは「警戒心なき」と書かれているが、これをすなわち「阿呆」と言ったのだろう。手元の辞書も「地上での動きが鈍いのでこの名がある」(※)とその語源を記している。そんなばかな、と今のわたしはおもうが、しかし当時ならどうおもったか。
その特性につけこむ形で、この鳥は「日に何百羽」と捕まえられ、羽毛毟りとられ、売られていった。絶滅の危機に瀕した背景のひとつに、こういうことがあったのだ。
歌集では、戦争をはじめとするさまざまな暴力と、そのこまやかにして強烈な事実をうたったうたがあるいちめんを占めていて、真に迫る。ここでも「棒で殴られて」「日に何百羽」の具体に、否と応となしに摑まれる。
著者自身、あとがきに「社会への意識」という変化について語っているが、そういう意味でも、大事な一冊ではないだろうか。
(※)旺文社国語辞典[第十一版]小型版(2013年)による。