染野太朗『人魚』(角川文化振興財団、2016年)
たとえば何か、解決しなくてはならない問題があって苦しいときに、そこから逃れようとして避けるようにすることがある。
そうしているうちに解決すればいいのだけれど、その問題と向き合わないことが、問題をいっそう深刻なものにするし、あるいはそうでなくとも、問題から逃げることは、その問題の虚像をふくらますようなところがある。
逃げてたら余計に怖くなるからな、と突然言われて、これはどこから誰にむかって発せられたことばだろうか、とおもう。鑑賞者のわたしにはかかわりないことであっても、こうして言われてみると、自分にも思い当たることがありそうで、瞬間おそろしくなる。
ここで「から」という思考や、「な」の呼びかけは、この一冊のなかにしばしばあらわれて、うたのわたしを特徴づけている。おもうのではなく考え、理路を見出だし、対象と向かい合い、やり取りをする。このことばは、だれかを刺しながら、やはり自分へと向かっているのだろう。
連作のなかで読みかえせば、ここにはある諦念や決意が、力みのないかたちで流れている。
青天、ふゆの晴れた空であるから、この仰ぎ、胸をひらくような視線の移動のさきに、こころはいくぶん明るいのだが、薄い雲「ばかり」というところに、翳るものがある。心細さと余裕が同居するようで、緊張感ある一首である。