『蝶紋』安永蕗子
「無紋の蝶」の美しさが歌われているが、この歌自体、姿が美しい一首である。「蝶」は日本のみならず、西洋においても東洋においても、魂や死者のシンボルとされてきた。幼虫から蛹を経て蝶になるという劇的な変身の過程ゆえに、輪廻転生や復活のシンボルとなったのである。この歌の「無紋の蝶」も、別の世から「ひとの世」へ「混じり」来て、その美しさを保ったまま「路次」にまで入り込んでいくと歌われている。「ひとの世」の穢れまみれることがないように飛んでゆくその姿は、すでに何者かの化身であるようだ。そしてそれが「無紋の蝶」であることも、かえって蝶の神秘性を感じさせるだろう。一頭の蝶を読者の目に鮮やかに刻印するこの言葉の力に、深く感じ入るのである。一九七七年刊。