水没の睡蓮花さへ赤々とみづにつらなりうつくしくある

『珊瑚数珠』森岡貞香

 睡蓮の咲く池が庭にあったことから、幼い頃からこの花は身近な、親しい花であった。それゆえにこの歌は目に止めた時から忘れがたい一首となった。なぜなら「水没の睡蓮花」と歌われているからである。水の中で咲いている花ということだろうか。睡蓮は根や茎や蕾はたしかに水中にあるが、花は水に浮いて開く。ほかりと葉と花冠を水に浮かばせる景色は清らかで美しいが、「水没」して咲いている花をわたしはまだ見たことがない。「みづにつらなり」ともあるので、あるいは水面の花の情景をそう表現したのかもしれない。しかし、この「水没の睡蓮花さへ」という詩句の、とくに「さへ」という言葉の魔術によって、情景が幻想性を強めたことは明らかだろう。水中に赤々と連なって咲いているという幻の睡蓮が、わたしにたしかに見えてくるのである。一九七七年刊行の第四歌集。

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