おほひなる天幕のなか原爆忌前夜の椅子らしずまりかへる

 『一脚の椅子』竹山広

今年も原爆の日が来る。六日の広島と九日の長崎で行われる原爆忌慰霊式の模様を、多くの人がテレビ映像で見つめる。八月の暑い陽射しの下の白い天幕や、平和の火、平和の鐘とともになされる平和宣言の情景である。しかしここに歌われているのは、その式典ではない。その前夜、まさしく「原爆忌前夜」の情景で、明日の原爆投下のその瞬間を待つかのような「天幕のなか」の「椅子ら」の情景である。「しづまりかへる」「椅子ら」は、異変が起こる前の不吉な予感を帯びるかのように並び、と同時にそれはあたかも原爆が投下される前夜の市民たちの姿をも浮かび上がらせる。現実の虚を突いたような怖い視点だ。作者の竹山広は二十五歳の時に長崎で被爆、同じく被爆した兄を探して爆心地をさまよった体験を、生涯かけて多くの歌に遺している。「わが知るは原子爆弾一発のみ一小都市に来しほろびのみ(『遐年』)」と、平明なかつ端的な言葉で人類の「ほろび」を歌うのである。一九九五年刊行。

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