ふるさとは光るかひなで抱き寄せて耳許近く秘め事をいふ

『弔父百首』平出隆

帰省した折の「ふるさと」という感覚を言葉にしたものであろう。「ふるさと」をまず「光る腕」と神話のように人格化して、その腕で「抱き寄せ」られ、「耳許近く」で「秘め事」をささやかれるという。まさに「ふるさと」という懐に抱かれている感触だが、言葉のつくるイメージは秘めやかで美しい。また、抱くや秘め事などというエロスのこもった言葉ほどには情緒が濃くならず、あっさりした印象なのは、言葉が絡まないその文体のせいでもあろうか。作者である平出隆は詩人であり、この時はじめて歌をつくったと歌集に記す。そこにはまた、父の最期という「差し迫った状況で大切な瞬間を留めるために、短歌の形式が力をもつかと気づいた」とも書かれている。故郷での看取りの夏の日々を記録する百首であるが、その中には「死に給ふ人はありつつ柔らかきふるさとの胸と口をひた吸ふ」という一首もあり、「ふるさと」は平出にとって身体のようである。二〇〇〇年刊行。

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