焼跡にくひのごとくに立つ少女吾敗戦の日の白黒写真

『不穏の華』富小路禎子

 平成八年(一九九六)に出版された『不穏の華』の掉尾に置かれた一首。年号が平成に変わってしばらくして出版されたこの歌集に、昭和を振り返る歌が多く収められている。富小路の一生は、まさしく昭和とともにはじまり、昭和の中で生きて、老いたといえるだろうか。「線香花火の脆き火、夜空の焼夷弾、父母焼く火、昭和のあの火この火よ」ともあるが、とりわけ華族の家柄に生まれ育った者にとって、戦中戦後の日々の「あの火この火」は、惨く苦しい火であったことは想像に難くない。この一首は、敗戦の日に写した一葉を見てのものであろうが、「焼跡に杙のごとくに立つ」「少女吾」の姿が、読む者の目にまざまざと焼きついてしまう。痩せた「杙」が呆然と立っているようにも、何かを必死で留めようとしているようにも見える。昭和元年から数えてまもなく百年経つ現在、われわれは果たしてどのような姿で立っているのだろうか。

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