『斧と勾玉』内藤明
不思議な歌である。「ねむりゐるわれのからだ」に「我は近付く」とあり、その中間に「にほひ」という言葉がある。あたかも眠っている自分の身体の匂いを、自分が嗅ぎに近づいていくようである。結句まではすべてひらがな書きで、そのことがまたゆめうつつ状態を強めているだろう。この歌は「全身麻酔」という章の中の一つと知れば、一応の納得はするのだが、しかしそうであっても歌の魅力は衰えない。
アンリ・ルソーの絵に、「眠れるジプシー女」という一枚がある。白い月が照らす夜の砂漠の砂の上に、黒い顔をした女が身を横たえて昏昏と眠っており、その女の身体を大きなライオンが嗅いでいる絵である。ライオンは危険な感じではなく、むしろ親和的な一世界をつくり出している。唐突ながら、内藤の一首にこのルソーの絵が浮かんでくるのである。絵と歌のどちらにも、生とも死ともつかない静寂な時空があり、何よりそこに身体の「にほひ」が共通してある。この一首の前には「デタラメなにほひだ たぶん脳髄に巨大な桃が漂うてゐる」という歌もあり、歌集には「にほひ」が多出する。おそらく「にほひ」は、内藤の歌のロマンとエロスの湧出点なのであろう。二〇〇三年刊。
