暁やみにゆり起こしてくる顔ありきわれより若し母と名乗りて

『荒地野菊』百々登美子

 暁の闇の中に「ゆり起こしてくる顔」があった。自分より若い顔である。そして「母」と名乗ったという。暁の暗さの中の夢であろうが、不思議な雰囲気がたゆたっている歌だ。一首は「顔ありき」で一度切れ、その後の「われより若し」でもう一度切れる。その切れが、覚醒のさだかでない頭脳の記憶の断片を思わせながら、最後には「母と名乗りて」と結ばれている。歌の不思議な雰囲気は、そうした名乗りによっても不確かさがかすかに残っていることにあるだろう。つまり、作者は「母」の顔を知らないのだ。歌集を読み進むと、「七十三年前に逝きたる母の顔われに残ると夏のなぐさめ」という歌があって納得するのだが、自身の顔に見知らぬ母の顔が残るということを、「なぐさめ」と収める言葉の深さに、さらに心を打たれることになった。二〇二〇年刊行の遺歌集。

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