『タイガーリリー』尾﨑朗子
「蟬穴」とは蟬が地中から抜け出た穴のことだが、これを「われ」だという。ユニークな比喩だが、さらにこの「蟬穴」は「耳」の比喩でもあるようだ。そしてその「耳」の穴に「秋の朝をとりこむ」といい、季節を感じとる爽やかな身体感覚を巧みに表現する。「耳」といっても「とりこむ」のは音ではなく、「からり」とした「秋の朝」であることも明るさにつながっているようだ。わたしはふと、この髪の毛を耳挟みした作者の姿に、『堤中納言物語』の中の「虫めづる姫君」を思い浮かべたりするのだが、歌集名の「タイガーリリー」とは『ピーターパン』に登場する元気な女の子の名(「あとがき」)とあるので、大きく外れてはいないだろう。ともあれ一首は、「蟬穴」と「われ」と「秋の朝」とを結んで、いきいきとした生の感覚を響かせている。作者は前の歌集でも「手のひらに納まる小さき観音と思ひて抱く蟬のうすはね」という印象深い歌を詠んでおり、「蟬」に関して独特な感性をもっているようだ。二〇一五年刊行の第二歌集。
