木犀の香のふいにして空耳か呼ばれもせぬに返事している

『そこへゆくまで』森川多佳子

 秋の香りとして真っ先に思い浮かべるのが「木犀の香」であろう。九月の終わりの頃から十月にかけて必ずどこからか香ってくる。この歌でも「ふいにして」とあるので、香りが風に乗ってきたのだろう。しかしその香りへの不意の反応から、「空耳か」と音を感じとっていることがこの歌のユニークなところで、作者は人に呼ばれたような気がして思わず「返事」をしたという。透明な秋の空気の中では香も音も響きやすく、作者の心もまた過敏に反応して何かに「返事している」というのであろう。耳の感覚の鋭い歌では、「うすはねはもう破れたか濁点のつきたるやうなこほろぎのこゑ」という一首もある。これも秋の歌だが、「濁点」つきの音による季節のつかみ方に独特なものがある。二〇二三年刊行の第二歌集。

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