永遠の死を誓いあおう死んでしまった誰かの家のバスルームで

瀬戸夏子『かわいい海とかわいくない海 end.』
(書肆侃侃房、2016)

「永遠の愛を誓う」というのが結婚にまつわるよく聞く言い回しで、そういえば死ぬことを「永遠の眠りにつく」ともいうし、そういったふたつのありきたりのフレーズのまじりあっているらしいのがこの歌の「永遠の死を誓いあおう」である。いくら「永遠の愛」を誓っても、いざはじまってみるとどうしてもうまくいかず離婚するカップルは世の中にいくらでもいる。そもそもが永遠であるのが難しいからこそ、世間では皆がこぞって「永遠の愛」を誓おうとするのだろう。不可能とわかっているものを誓うくらいなら、いっそ愛なんかではなくそもそもが「永遠の眠り」である「死」をここにあてはめてしまえばいいのではないか、というのがこの歌の語り手の思いつきであるらしい。

このふたりはすくなくともまだ生きていて、「死んでしまった誰かの家」に忍び込む。そこでその家にに染み付いた死者の記憶を司式者として、結婚式よろしく「永遠の死を誓いあう」儀式をとりおこなうのだろうか。それって要するに心中ということだけれど、あくまで「永遠」を希求することから「死」という答えを導き出した語り手の口調には、ふしぎな明るさがある。

いいきかせて天国のほうへ不要なんだ君や僕の愛憎なんか

同じ歌集から、心中を連想させるようなもうひとつの歌。掲出歌と同じようにまるで心中の経緯を語っているような趣があるが、だとすればどうやらこれは「永遠の死を誓いあおう」といった最初の提案よりもあとの場面だろうか。「不要なんだ君や僕の愛憎なんか」と、いささかひとりよがりな説得が続いている。愛憎なんかいらないから、「永遠の愛」ではなくて「永遠の死」を誓いあいたい。同じ歌集の中でもそれぞれちがう場所にある歌だけれど、やはりこの二首はどこかで繋がっているようにも見える。

きみ﹅﹅あなた﹅﹅﹅を捨てるカラーパレット生きるのがこんなに﹅﹅﹅﹅容易だなんて
わたしを信じていて ゆめをみて 絶望を斡旋するのがわたしのよろこび
色の濃いほうから順に名前のないあなたになって水と火の外

『かわいい海とかわいくない海 end.』から、死を連想させるいくつかの歌をさらに引いていく。どれも難解ではあるけれど、特にここに引いた歌において、これらの死はどうも〈わたし〉と〈あなた〉といったふたりの人間のあいだでやりとりされている印象があって、〈あなた〉がたったひとりで死んでいくということを決してゆるしてはくれない。死へと傾いていく〈あなた〉に、やさしく声をかけたり、見守っている〈わたし〉がいるのである。「不要なんだ君や僕の愛憎なんか」という硬質な説得よりも、よほどしっくりとこころに沁みこんでいく。一首目のカラーパレットは、さまざまな色調を並べた色見本だが、この歌の中では「きみがあなたを捨てる」ための道しるべとして示されているように見える。カラーパレットを用いて歩きやすくなった「生きる」の世界は、しかしだんだんと色が抜けていって、〈あなた〉はやがて透明な名前すらも持てない世界にたどりつくのだった。

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