『家』河野裕子
「木の枡」など見たこともない、という人も今は多いのではないだろうか。枡という言葉から、一合枡、五合枡などの木枡の手触りがたちまち思い出された。農業に縁のある家に生まれ育ったためか、わたしの父はどんなに少しでも米は必ず枡で計った。死ぬまでカップなどでは計らなかった。この歌の味わいには、米に対するそういう古風な手触りがある。戦後生まれの作者であることを思えば不思議でもある。一首は「木の枡に米をはかりて月夜なり」と、手元の動きから、即、大きく「月夜」に場面が切り替えられ、なにか物語めいてはじめられる。そしてその月夜の光の中に「こぼれてゐる生米の色」を見せるのである。この「月夜」と「生米の色」がつくりだす感触に、昔噺の気配があるのである。「生米の色」とは何色ともいえず、しかしその言葉には、米という日本人の食の原点が、なまなましく「月夜」の下に照らし出されているようだ。二〇〇〇年刊行。
