棚木恒寿『天の腕』(2006)
高校教員である作者。
しかし、この歌では「人の言葉」となっている。「われの言葉」ではない。
つまり、生徒や教員はもちろん、日常的に学校の敷地に入ることのない保護者や業者を含めて、あらゆる「人」が普遍的に発する言葉、ということになる。
この場合、その方が広がりが出る。
では、「あ」と「ああ」の違いは何だろうか。
「あ」は一瞬の小さな驚き、「ああ」は自分の歴史とつながった深い感動。
「あ」は喉から口の先ででる音、「ああ」は胸の奥から発せられる音。
だれもが(いちおうここ日本では)体験している「学校」という時間。それぞれの人にそれぞれの抽象化された、思い出としての「学校」があるはず。そこで出会った友人や教員や、ただすれ違っただけの多くの人々。自分がぐんぐんと成長していった時間。
それらの入り混じった感情が、どこかの現実の学校の門をくぐるときに、解凍されて、「ああ」という声となってでるのだろう。
ここで「踏み入る」と詠まれているのも巧みだ。
ただの「入る」よりも、対象への心理的抵抗があることを示す言い方。学校とは少し体を固くして入るところなのかもしれない。