心にもないことばかり言いたくて何も言えなくて夏みかん

しんくわ『しんくわ』

 

一読、けっこうぼんやりとした歌のようにも思われるのは「心にもないことばかり言いたくて何も言えなくて」の独白の抽象性の高さによるものだろう。心にもないことは、通常は言ってはいけないことの部類に入れられる。「心にもないことを言うな」と諫められる場合がほとんどで、でもそれをあえて言おうとする心理の屈折を見せている。その後「言いたくて何も言えなくて」で心理の屈折はもどかしさへと移行していくのだけれど、ここでは「心にもないこと」=「噓」ではない。厳密に言えば「噓」であってもそれは心に芽生えたことだから言うことができる。心のなかに芽生えていないものを人は言うことができない、というところに、抽象性の高いふわふわとした一首のふと湧いて出た厳密さを感じたりするのである。そしてようやく「夏みかん」という具体に辿りつき、丸くてずっしりとしたまたごつごつとした手ざわりのなかに心を仮託していく。

 

というような歌ではたぶんない。

 

部分的にはそれほど遠くない箇所もあるのかもしれないが、この歌の肝はほぼ間違いなく「何も言えなくて夏みかん」であり、「何も言えなくて夏」はJ-WALKの代表曲「何も言えなくて…夏」からスライドさせている。「何も言えなくて…夏」の歌詞のせつなさを思えば夏みかんの酸味と通い合いはするものの圧倒的などっしりとした果実の手ざわりがせつなさとは逆方向に一首の流れを振っていき、奇妙な脱力感をもたらして終わる。「何も言えなく/て夏みかん」の句跨りを含む七音六音の微妙な破調にも虚を突かれたような気持ちにさせられる。これはしんくわ流のギャグなのだと取りつつ、そのギャグによって上句の真意を撓ませているとも取れるし、そもそもこの一首に真意などないのかもしれない。「何も言えなくて…夏」からのスライドが肝であるというところから分け入っても結局はするりと読者の手のうちから抜け出してしまう。歌の意味からすれば「心にもないこと」は「言えない」という結果になっているけれど、ほんとうはこの一首そのものが「心にもないこと」の表出にしれっと成功しているのではないかという気がしている。

 

やがて雪 原田宗典に降り積もる雪 あなたがどーなっても溶けない雪はない

 

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