花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった

吉川宏志『青蟬』(1995年)

四月も終わりに差し掛かろうとしている。電車の駅からバス停までの間にある短い道に花水木が咲いていて、この歌を思い出した。この歌の「愛を告げられなかった」が告げたと取るか・告げなかったと取るか盛り上がったことがあった気がして、調べてみると2020年の土岐友浩の砂子屋書房「月のコラム」の時評に詳しく書かれていた。

告白の場面と読んで誰も疑わなかった吉川の歌に、いま、告白はできなかったという新しい解釈が登場し、広まりつつあるのはなぜか。

それは若者の読解力の問題だろうか。

そうでなければ、何か大きな、とても大きな変化が、短歌に起きているのではないだろうか。

リアリティの重心

当時の歌人たちの反応は、同じく土岐の以下のコラムにまとめられている。

(追記)花水木の歌をめぐって

そもそもの噂の出処がわかってきた。

永田淳は十年ほど前から京都造形芸術大学で、文芸表現学科の学生たちに教鞭を執っている。講義で現代短歌の名歌として吉川の「花水木」の一首を紹介してみたところ、どうも話が噛み合わない。よくよく聞いてみると、学生の多くが「愛を告げなかった」と思っていたことがわかった――というのだ。ここ数年の話である。

挙手でたずねれば、学生の七割から八割が「告げなかった」側だという。文芸表現学科、つまり表現に関心のある学生の大半が、そう読むのだ。

コラム本文では詳しく書かなかったけれど、改めて問うべきかもしれない。

土岐からすると「告げなかった派」が多くいるのは驚きだったようだ。「若者の「読解力」の問題なのだろうか」と困惑を見せている。

私はどちらだろうか。告げた・告げないどちらか選ぶとすると、今は「告げられなかった派」である。

花水木の道で、私は愛を告げなかった。なぜ告げなかったのだろう。もしあの道が短かったら、告げようという気持ちは起こらなかっただろう。しかしもし長かったとして、花水木の道がどこまでも続いていたとしても、やはり告げられなかったのではないか。

歌の中の〈現在〉の主体は「告げなかった」状態を考えている。「花水木の道があれより長くても短くても」は今現在主体が立ってる位置とは異なる地点を想像している。「あれ」は空間的な遠さを、「ても」は時間的な遠さを表すだろう。

「告げなかった」今この瞬間の作中現在(=歌の中の〈現在〉)から見て、将来的に「告げる」可能性はあるだろうか。今告げられなかったというだけでは、将来的にはわからない。ただもし将来同じように花水木の道を同じシチュエーションで相手と一緒に歩くことがあったら、告げるかもしれないし、告げたいと思う。もし仮に「告げた」結末があるとすれば、「告げなかったかもしれない」過去を想定できる。そうすると「花水木の道があれより長くても短くても」は、存在したかもしれないパラレルな現在を想像する言葉となる。実際には「告げた」が、作中現在は「告げなかった」世界線を想像している。

「ても」「られ」「なかった」だけでは反語の機能は作動しない。反語的な「ても」に可能を示す「られ」を組み合わせたときに、はっきりと反語的な読みを成り立たせるためには、過去を示す「た」にもうひとつ強調が必要だろう。

花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった(改作)

「な」を補って書き言葉から話し言葉へ寄せると花水木の道の長さの特別さが強調される。告げなかったとするなら、あえて特別に扱う必要がない。「た」で締めるよりも、主体自身が道を歩いていた感じ、自分ごと感が強くなる。歌は湿り気を帯びて「告げた」読みは優勢になる。

短歌は、短歌であることがすでに回想や詠嘆のモダリティを持っている。しかし「た」は対象と距離をとるような冷たさを持っていると私は感じる。自分ごとというにはやや遠い。歌い上げるような言葉ではなく、冷たく乾いた抒情を発する口語(書き言葉)なのだ。「た」の冷たさはほんのりとあきらめのムードをかもしだす。告げようとしたが、告げなかった。その理由は主体自身にもはっきりとはわからない。道の長さは決定的な原因でないとわかっているけれど、告げられたかもしれない状況があったかもしれない可能性の暗喩として、道の長さを並べているように思う。

 

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