立葵てっぺんまでを咲きのぼりああ高いなあ、会津の空は

齋藤芳生『花の渦』2019年

下の句全体に深い詠嘆が感じられるのはなぜだろう。「ああ」がついているから、というだけでは説明できない深さがあると思う。

韻律の中心となるのはア母音だ。二句を除くすべての句の一音目(た・さ・あ・あ)がア母音である。通奏低音のようにずっとアの音が鳴っている感じがする。下の句の四句と結句の間には読点「、」が置かれているが、調べの上では「ああたかいな『あ』」「『あ』いずのそらは」と四句の終わり「あ」から結句の初め「あ」と同じ音同士がつながっている。この「、」が絶妙だ。もしここが一字空けだったら「ああ高いなあ」で四句切れになってしまい詠嘆のピークが四句にくる。そうすると結句は四句までの内容から少し離れる。四句切れの歌は基本的には結句から初句に戻って読ませる力があるので、四句と結句を倒置で繋げて読むのはちょっと無理が出てくる。三句が「咲きのぼり」で一度軽く切れるので、下の句全体をしっとりとまとめるには「、」しかありえない。

あと一つ下の句全体を印象付ける仕組みがある。初句「たちあお『い』」と三句「さきのぼ『り』」はどちらも最後の音がイ母音で終わっていて、読者にこの後も句の最後の一音がイ母音で終わるように期待させるリズムを作っている。そしてこの韻律の展開の期待を、下の句は完全に裏切ってくる。こういった韻律の展開があって、四句だけを強調せずに下句をふわりとまとめて全体と調和する心地よさを感じるように作用しているのだ。

草にはいくつか花の付け方があって、タンポポのような背の低い草は茎を伸ばした先にぽこんと花をひとつつける。タチアオイは直径一センチほどの茎をまっすぐ上に伸ばす。蕾の丸い球が茎にいくつも膨らんでいて、地面の近くから順にてっぺんまで花をつけてゆく。葉よりも茎の印象が強くて、茎の周りに花が咲いている感じだ。園芸用に育てることが多いが、公園の隅に野生のタチアオイが生えていることもある。人の背丈ほど大きくなることもあって街の中でいきなり出くわすと驚いてしまう。

「立葵てっぺんまでを咲きのぼり」は茎の一本に注目している。視線は根本から空へと動いていく。「咲きのぼり」はピークに至る前の勢いのある様子だ。もうあと少しで蕾がすべて咲き切ってしまいそうである。空を向いた視線はしばらく動かずに固定される。空を流れる雲を見ながら「ああ高いなあ」と感嘆する。そして「会津の空は」といま齋藤が立っている場所を限定し、福島の空と土地を結びつける。

しばらくぶりにふるさとを訪れたのだろう。タチアオイが指し示す空を見て自分が育った街のことを意識する。地上は少しずつ景色が変わっていく。友達の家がいつの間にか空き地になっていたり、小学校の遊具の鉄の部分が塗り変わったり、それらはおそらくその地に育ったものであれば容易に共有できる感覚なのだ。息が漏れるような「ああ高いなあ、会津の空は」の「空」が示すのは、目に見える物体ではなくその土地の歴史や思想のような目に見えないものだと思う。具体的な地名が詠われながら、空の高さは普遍的な〈ふるさと〉へと接続する。「ああ」には「自分には原点があるんだなぁ」という感覚だろう。戻ろうが戻るまいが、原点はただいつもそこにあるだけだ。

会津へと向かう西軍の兵隊がこの家にも傾れ込んできたはなし

ざっとむがし、ざあっとむがし──阿武隈川を渡る通勤路に風強し

戊辰戦争の舞台となった会津では今も歴史が語り継がれている。私は福島の隣の宮城の出身なのだが、福島周辺の東北の小学生は修学旅行で会津を訪れることが多いと思う。飯盛山で自刃した近い世代の子供たち〈白虎隊〉の話を聞いて、お土産に白虎刀という木刀を買う、までが一つの体験だ。100年も経てば「ざあっとむがし(ざっと昔)」のことになる。目に見えていなくても、人から人に口伝で伝わっていく記憶の束に触れた経験は心の隅に残り続ける。

 

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