かへり来て水をのみゐし幼子は風ふく外にまた出で行けり

佐藤佐太郎『しろたへ』1944年

こんな歌の何がいいのかと思うかもしれない。庭で遊んでいた子供が家の中に入ってきてテーブルの上に置いてある飲みかけのコップの水をごくっと飲み、また外に戻ろうとする。歌の内容は日常のワンシーンで見た動作をただそのままに詩的飛躍もなく書いただけに見える。

「風ふく外」の力の抜けた風景の把握が最高なのだ、といってみる。この歌には具体的なイメージを持つ言葉がない。「かへり来て」だけではどこからどこに帰ってきたのかわからない。「水をのみゐし」ではどのように飲んだのかわからない。物事を説明するのに必要な5wがことごとくぼんやりとしている。子供が外に戻っていった、ただそれだけのあわい印象が詠われている。ぼんやりとしているがゆえに「風ふく外」のテクスチャが埋もれることなく伝わってくる。

佐太郎は驚いている。幼児の存在に。少しずつ言葉を話し、自分の足で立つようになり、外からの刺激に反応しながら世界になじもうとする様子を見て、驚いている。

暁のまだうすぐらき枕べに幼子ゐたり覚(めざ)めて見れば

幼子を芝生のうへに立たしめて幼子の顔いたく小さし

かたはらに折々きたる幼子は酸き一片(ひときれ)の林檎を持てり

同じく『しろたへ』から子供の歌をランダムに引いた。

一首目、小さな子供が隣で寝ている。存在に驚く。ものを見る歌と同じようなテンションで自分の子供の様子を詠んでいる。その冷静さが怖いのだけれど、むすっとした顔の佐太郎の近くでわちゃわちゃとしている子供を想像するとなんだか佐太郎までかわいく思えてくる。

二首目、一人で立てるようになった子供を素足のまま芝生の上に立たせてみる。この立たせてみるという客観的な把握のあとに、あれ子供って顔が小さいな、と気づく。自力で立てない寝ている子供の顔の周りはすぐ近くに布が広がっていて奥行きがわからない。抱きかかえてみても顔が自分のすぐ近くにあるので子供の顔の小ささは自分の顔との相対的な比較で感じる小ささである。「幼子を芝生のうへに立たしめ」たとき、初めて自分から離れた場所で三次元の空間に配置された子供の顔を見てこれまでより一層「いたく小さし」と感じたのだろう。

三首目、子供が自分の近くを行ったり来たりしている。それがある時、いつもと違ってリンゴのかけらを手に持って歩くようになった。初めて子供が自分の手に触れて食べ物を持つようになった。ひと口齧って、唾液で濡れたままの指先にりんごを持つ。「酸き」すっぱいと感じただろう、と想像する。

やはり佐太郎は驚いているのではないか。ごくわずかな、しかし確実に変化してゆく子供の成長をとらえている。成長をとらえようとするのではなく、結果的に捉えてしまっている。描写の対象はあくまで「風ふく外」のような大きな場にあって、場の中で移ろうものを詠んでいったその中にたまたま自分の子供がいた。それがものを見るような落ち着いたトーン、一定の距離を取ったような描写で詠われる。

『しろたへ』は昭和15年から昭和19年までの歌が収められている。時期としては太平洋戦争のまっただなかである。身の回りを詠んだ歌の中に戦争の歌がある。リアルな市民の感覚がよくわかる。それがとても恐ろしい。

立ちてゐて膝ふるふまで畏きやいまぞ伝ふる大詔勅(おほみことのり)

大詔(おほみこと)もちてたたかふ皇軍(みいくさ)のゆく南(みんなみ)の海しおもほゆ

敵なかに天(そら)ゆ降りたちし兵みればしろたへの布うしろに引けり

戦争を詠んだ歌は佐太郎の冷静な描写が冴えておらずうまくないのだが、その下手さがかえって生々しい。「しろたへの布うしろに引けり」は漫画家の山口貴由(『覚悟のススメ』『シグルイ』)的な人間賛美が見える。異様な高揚感を抑えきれずに歌にしている、という感じだろうか。佐太郎の戦争の歌は先に歌にしたい内容があってなんとか説明しようとする意識が見える。一首目で言えば「立ちてゐて膝ふるふまで」この辺りは佐太郎っぽいが、「大詔勅」の言葉が強すぎて結句以外の印象が霞んでしまい、一首全体の統合感がない。

あえていうまでもないが、戦争反対である。あらゆる侵略や差別を私は許さない。その上でなお、『しろたへ』は優れた歌集だと言い切りたい。日常とはるか南の海の向こうに起こる戦争、この二つが少しずつ近づいてくる様子がわかる。これがもし日常の歌しかなかったら、私はそこまで『しろたへ』には惹かれない。戦争が始まる高揚感が刻印されている、リアルな感覚が歌から読み取れるから惹かれるのだ。年齢的には徴兵の対象のはずの佐太郎は何らかの理由で対象から外れている。佐太郎の異様な高揚感は戦争に行けない劣等感があるように見える。その意識が自分と兵士の境界を曖昧にし、自分が「大詔勅」を受け取ったように「膝ふるふまで畏きや」という。描写に徹して内面をあまり見せない佐太郎の柔らかい部分に触れられる歌集が『しろたへ』なのだ。

佐太郎の歌集には『しろたへ』以降昭和20年敗戦の日までの歌はその後の歌集には残されていない。昭和19年で歌は一度途絶えている、という方が正しいだろう。昭和20年の佐太郎の歌をもっと読みたかったと思う。

『しろたへ』があるからこそ、昭和22年以降の歌が収めらた『帰潮』という結実がある。『帰潮』にはフラッシュバックする罪の意識や疎外感が繰り返し歌われる。

道の上にあゆみとどめし吾がからだ火の如き悔(くい)に堪へんとしたり/『帰潮』

われの立つ位置とは別の方向にどの窓も青く反射しゐたり/同

道を歩いていて、突然胸が焼けるように痛み出してきて歩けなくなる。「火の如き悔」が何を指すのかは書かれていない。至極プライベートなこと、人間関係の悩みもあったろうと思うが、戦争だといってしまって良いと思う。『しろたへ』以降の佐太郎の歌はいっそう「孤独」が強まる。「われの立つ位置とは別の方向に」自分以外はすべて、という感覚が風景の描写が心の暗喩になっている歌だ。

幼子のこゑ妻のこゑなき家に膝冷えながら坐りてゐたり/『帰潮』

子供も少しずつ佐太郎と距離を取り始める。『しろたへ』では「膝」を震わせていた佐太郎が、こんなにも寂しく「膝」を歌うようになる。

好きだ、佐太郎。描写に徹する一貫性が、自分の弱いところまで描写してしまう。生きている人間がいる感じがする。昭和20年にあなたが何を感じ取っていたのか知りたい。

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