柿本人麻呂(『万葉集』巻第二・一三二)
「石見」は島根県西部を指す。人麻呂が石見に赴任中に出会った恋人との別れを惜しみながら詠んだ歌とされる「石見相聞歌」の反歌である。
石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦は無くとも よしゑやし 潟は無くとも 鯨魚とり 海辺を指して にきた津の 荒磯の上に か青なる 玉藻沖つ藻 朝はふる 風こそ寄せめ 夕はふる 波こそ来寄せ 波のむた か寄りかく寄る 玉藻なす 寄り寝し妹を 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび かへりみすれど いや遠に 里は離りぬ いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひしなえて 思ふらむ 妹が門見む 靡けこの山
石見のや高角山の木の際よりわが振る袖を妹見つらむか
長歌の終盤「万たび かへりみすれど」石見を離れながら山の向こうにある恋人を思って何度も振り返る。振り返るたびに「里は離りぬ」どんどん離れていく。長歌の最後の「靡けこの山」は、「なびけ!!!(平になれ!!!) あの人の姿を私に見せろ!!」と念じている。
反歌では自分の袖を振って「あの人は見てくれただろうか」と詠嘆する。「見つらむか」完了「つ」+現在推量「らむ」なので「今頃は見ただろうか」と読んでみたけれど山に向かって「なびけ!!」と言った直後に言うには不自然だ。少し時間をあけてしみじみと振り返りながらでないと「つらむ」とはならないだろう。
長歌は人麻呂の切実な〈願い〉で終わっているが、反歌は山がなびいた様子を想像しながら詠んでいる気がする。「木の際より」の場面の限定が絶妙なのだ。もし遠くの山が平らになったとすると当然山に生えている木もぎゅっと平面に圧縮される。一方で自分の近くに生えている木はそのまま立っているだろう。長歌を踏まえて反歌を読むと、直接書かれていない遠くの山と近くにある木の両方に意識が届いて景色に奥行きが感じられる。
長歌の荘厳な韻律と比べると反歌はだいぶ素朴な造りに見える。長歌と反歌が本当に人麻呂が詠んだ歌なのかはわからない。別の人が人麻呂の「なびけ!!」という願いを受けて、後から付け足した可能性もある。人麻呂の無念を弔うようなニュアンスがあるかもしれない。どちらにせよ長歌があるからこそ「木の際より」の具体を入れることができただろうし、反歌単体で凝った修辞を使わなくても、長歌があることでもう歌の内容は十分だという判断があったのだと想像する。
長歌の五七調の韻律が抜群にいい。「石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ」冒頭だけを見ても「み」の音が作るリズムは愛誦性がある。飛石のように句を一つ空けて「浦なし」「潟なし」と繋げていくのも心地よい。一つの歌の中につねに複数の音の流れが走っている。「よしゑやし 潟は無くとも 鯨魚とり」あえていう意味がよくわからないのだけど、とにかく韻律がいい(海がなかったら鯨漁ができないのは当たり前だ)。「よしゑやし」「鯨魚とり」の脚韻の踏み方、「いや遠に」「いや高に」の句の終わりの助詞の繰り返しは歌の長さが十分にある長歌だからこそできる贅沢な技法だと思う。全体的に名詞が冴えていて、テクスチャー派の歌を遡ったら人麻呂の長歌に行き着くんじゃないかとすら思う。
短歌は短い。何に対して短い歌なのか。長歌に対して短いのだ。反歌は長歌の要約ではない。「反」が示すように、長歌によって照らされた〈私〉に反射して生まれるのが反歌ではないか。だから長歌と反歌の作者が違っていても構わないと思う。
一首の歌は、決して閉じられた円環をかたち作るものではない。〈……〉〈状況〉と〈関連作品群〉は一首の歌がどうしても閉じ切れない部分を補足する形で、その一首にリンクされる。
(岡井隆『遥かなる斎藤茂吉』「自然詩の終焉」p.16)
短歌をよんで鑑賞文を書くというのは、長歌の幻について語るようなものだと思う。読者それぞれが、幻の長歌を感じ取って思い思いに語る。短歌を詠むとは、長歌からの照射なしに、短歌を自分の言葉として発してみることだと思う。すでに自分の中にある長歌的なもの、蓄積されたごく個人的な経験が〈歌〉の光源になる。短歌はみな反歌であるともいえる。ただ長歌は省略されて目に見えないから、読者が自分で長歌を想像するしかない。読者の数だけ長歌の幻は増えてゆく。それがクオリアなのだ。
