柳澤美晴『一匙の海 新装版』(本阿弥書店)
音読の時間が昔から苦手だった。教師としてはひとり一文ずつ「丸読み」させることでその文章を教室全体で読めたことになるのだから、楽と言えば楽だろう。けれど端的にみんなの前で読み上げるのは緊張する。読み方を間違えないか、声が裏返らないか、そもそも私の声はへんじゃないだろうか。そんなプチパニック状態のなかで、とても文章の内容など頭に入るはずがなく、あまり効果的であるとは思えない。なので、自分が教員となったいま、教室全体で音読させることはない。
掲出歌が、そのような教室全体の音読の場面かどうかはわからない。たしかにそうとも読める。女子生徒のこえは「ほそぼそと」か細く聞き取りづらい。教室はしんとして、慎重に読み上げられるメロスのクライマックスのシーンをたどってゆく。「、。へ」とあることから、すっと読み下せるような短い文ではなく、いくつかの読点をともなって、その一文はゆっくりと進む。メロスは速くは走れない。固唾を飲むようなあまりに長い時間がつづく。
そんなふうにめぐらせてもみるのだが、なぜだかそこまでの緊張感というものはこの一首には感じられないような気もする。嫌な緊張感がないのはその「女生徒」を見守る視線、つまり歌の私の落ち着いたまなざしがそこにはある、ということが大きいのだと思っている。そこは生徒と自分としかいない、放課後の教室であるかもしれず、あるいは保健室とか、相談室かもしれない。その生徒がどのような状況かはわからないけれど、歌から過度な緊張感が伝わってこないところに、この一首のうつくしさはあると思う。ゆっくりと「、。」をたどり辿り、それにあわせてメロスも走る。読めば走る、読むスピードに合わせて走るメロスの姿はなんだか少しおかしみがあり、ゆっくり走ってセリヌンティウスを助けることはできるのか、陽はとうに沈んではいないか。そういえば「女生徒」「走れメロス」と歌のなかに作品名が並ぶところもまた面白い。
りるりるとアルトリコーダー上下する指やわらかく内耳をひらく
