てきみかたひとりでこなす親指の爪がちいさくオセロ石返る

塚田千束『星夜航路』2025年

覚えたてのオセロのルールを思い出しながら石を並べていく。「てきみかたひとり」の音の感触がおもしろく、盤上に石がふれた時に鳴る音を連想した。イ母音が出てくるタイミングに注目すると、初句は2・3音目で連続し、二句は1・3音と飛び石で間をあけている。初句の頭と終わりにイ母音がないため、ランダムなタイミングでイ母音鳴っている感じがする。さらに「き」「み」「ひ」「り」と子音のパターンがすべて異なっていて音が揃わない。歌集の他の歌からもわかるように、オセロ盤を見ているのは小さな子供が一人で作者は少し離れたところから指先の動きを見ている。音がバラけているのは子供の手つきを音の質感で表すためではないか。

一首の中に時間の濃淡がある。大人であればオセロの石をつかむのは親指と人差し指の二本でも十分だが、五歳だとまだ手のひらが小さいので、すべての指を使って握りしめながら石を持ち上げるだろう。大人が指先でつまむときは親指の爪が下を向くが、指を寝かせてつかむと親指の爪は横を向く。その瞬間に作者は「親指の爪がちいさく」を認識する。「てきみかたひとりでこなす」この「こなす」には何度か石を置いたり裏返したりする、ある程度の時間が必要だ。繰り返しの動作を見ているとだんだん見慣れてきて集中力が減っていく。この歌の韻律は、何度も繰り返される動作の中でひときわ注目した瞬間があったことを伝えようとしている気がする。初めのうちは石がどこかに転がっていったり、置く位置がずれてしまったり、「こなす」までには体の動かし方を自分で覚えていく必要がある。そしてあるとき「パチ」と音を立ててマス目の中にかろうじて収まる位置で裏返る瞬間があったのではないか。

「オセロ石返る」結句の字余りには驚きのニュアンスがありそうだ。ぼんやりと子供の様子を見ていると、石の重さを感じ取って裏返す瞬間があった。探索意志のない、思いがけない発見。「オセロ石返る」は「オセロ石が返る」の助詞を省略した形でリズムがちょっともたつく。結句にしてはいまいち終結感に欠けるのだが、思いがけなく見たものを忘れる前に書き留めておこうとして荒削りな文体になってしまった、という受け取り方で読むのが良いと思った。そう思うと「マス目の中にかろうじて収まる位置で裏返る瞬間」とまで具体的に読まなくてもいいかもしれない。日常の中に溶け込んでいる自分の意識、電車の窓を流れていく風景をぼんやりと見ている時に、ハッと電車に乗っている自分の存在のかけがえのなさに気づくような、ふと我にかえるような一瞬の意識の変化が詠われている気がする。

(作例)てきみかたひとりでこなす親指の爪がちいさくオセロ石返す

動作をはっきりというなら他動詞の「返す」でもいいかもしれない。ただこれだと淡々とこなしすぎである。思いがけない発見を詠む時は自動詞に限る。

(作例)てきみかたひとりでこなす親指の爪がちいさくオセロが返る

「オセロ」で十分わかるので、「石」を省略して助詞を補ってもいい。同じく自動詞だけれど、この場合はマス目の中央でピシッと裏返った感じがする。「てきみかたひとりでこなす」のバラけた感じに馴染まない。助詞「が」を補うと原作にあった「探索意識のない思いがけない発見」のニュアンスが消えて、見ているものを文字に起こしたような冷静さが出てくる。

【原作】てきみかたひとりでこなす親指の爪がちいさくオセロ石返る

「ちいさく」は爪の大きさを表しているが、文章的には「ちいさく」を受けるのは動詞「返る」のはずだ。しかし「小さく返る」だとすると無理のある文章になる。「親指の爪がちいさくて……オセロが石返る」と読むのが自然だ。四句までは子供を観察する私の認識が描写されていて、結句は風景の中から前傾化してくる瞬間の動きを描写する。私が時間の濃淡の違いだと感じたのは〈見る→受け取る〉意識の向け方の違いとも言える。

どれぐらい舐めれば致死量なのだろうのどあめ寂しく舌を傷つけ
/『そして骨になる』(私家版, 2022年)

第一歌集の『アスパラと潮騒』、その後の『そして骨になる』(私家版)を読んでの塚田の印象は、白衣をはためかせながら屋上でタバコを咥えている緊張感のある作者像であった。敵と味方に分かれる感覚、傷つきながら、相打ちや道連れを厭わない覚悟で敵に立ち向かう感覚は塚田の中で重要なテーマになっていたように思う。医師である自分、親である自分、塚田が演じる役割には非対称な人間関係が常に付きまとう。自分の判断や動作が、容易に相手の在り方を変えられる立場に立っているからこそ、塚田は暴力への感度が高い。

「てきみかたひとりでこなす」のひらがな表記には、自分と子供の間に一本の線を引く意識を読める。私とは違って敵がいない世界であってほしいと願う気持ちが、表記と韻律に滲み出ているように思う。

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