川島喜代詩『波動』1969年
川島は佐藤佐太郎からの影響を隠さない。影響というよりもっと強い、狂信的なレベルで佐太郎の文体や語彙を自分の歌に入れてゆく。佐太郎の影響を見せることにまったく迷いがなくて驚く。例えば歌集の巻頭歌は、
灯のしたをしづかに過ぎし貨車がいま靄にひびきて連結したり
で、この歌を読んだときに思い浮かぶのは
連結を終りし貨車はつぎつぎに伝はりてゆく連結の音
/佐藤佐太郎『帰潮』
である。川島は今この瞬間の連結の音を、佐太郎はガチャンガチャンと続いていく連結の音を歌にする。歌の内容は違うのだけれど、どうしても佐太郎の歌が頭に浮かんでしまう。佐太郎の弟子が「貨車」「連結」の歌を作る。名歌の語彙を自分の歌に入れる。川島は佐太郎を目指したが、私が好きな川島の歌は、佐太郎に近づけた歌ではない。佐太郎の影響を受けつつも佐太郎から離れた作風の歌である。離れ方におもしろみがある。
地下室となるべき位置の鉄骨が雨ふるなかに組まれつつあり
佐太郎なら〈既に形態(けいたい)の成りし建築(けんちく)より内部作業の音きこえ居り〉のように「鉄骨」とまで具体的に言わず言葉の抽象度を「建築」にとどめる。佐太郎の写生は感覚の写生だから、視覚的に見えていないものは見えていないままの言葉にされる。深く掘られた地面に直線的な金属の棒が立っていたのを見たとして、佐太郎なら「鉄骨」とは言わない。「鉄骨」は知識である。佐太郎が「鉄骨」を言えるとすれば手に触れる距離まで近づいたときだろう。川島の歌の「鉄骨」は距離にして1メートルほどの至近距離で見ている気がする。通りがかりに見たというにはあまりに近い。佐太郎は、相手が生き物であろうと静物であろうと、等しく距離を取る。余計な暗示や意味が言葉につかないように絶対零度の冷ややかさで対象を捉える。それに比べると川島には、対象への特別な心寄せが感じられる。雨を浴びながら組まれていく鉄骨、人の目に触れない地下室が作れられようとする工事の様子。これらは川島の思いがモノと結びついている感じがする。「鉄骨」と「地下室」は〈私〉への自己言及の暗示である。佐太郎の冷たさとは違って、対象が無生物であっても人間の血が通う感じ、湿り気や暖かさがあるように思う。
日曜の四階に雨の音を聴く芝生にそそぐ音もまじりて
芝生に雨が注ぐといえば、佐太郎の名歌〈秋彼岸すぎて今日ふるさむき雨直(すぐ)なる雨は芝生に沈む〉である。佐太郎の歌には芝生に沈む雨のみずみずしさのイメージが感覚的に伝わってくる。佐太郎流の写生の極みである。川島の場合は「四階」に自己言及がある。自分は四階に住んでいて日曜日は休日で家にいる。ごく個人的でかつ「鉄骨」のように具体的な「四」の指定がある。感覚の写生からは離れるのだ。語彙のレベルでは佐太郎だが、感覚には隔たりがある。「日曜の四階」は川島の個性だ。雨の音は遠くで鳴っている音と近くでなっている音があって、聞き分けることはできる。ただ〈芝生に降っている雨〉は4階にいたら判断が難しいはずだ。「鉄骨」と同じように、感覚よりも知識(昔の批評用語でいえば「理屈」)が優っているとも言えよう。佐太郎の名歌を置きながら、自分は今四階にいる。そのときの気分を言っているのだ。
佐太郎の〈絶対零度の写生〉は川島にとってイカロスの翼であった。しかし、結果的に読者は川島の歌を読みながら佐太郎の名歌を参照しつつ「佐太郎の歌を思いながら自分の感覚を言葉にする」という川島の個性独特の〈気分〉を読むことができる。
地下室となるべき位置の鉄骨が雨ふるなかに組まれつつあり
佐太郎であれば距離を取ったであろう対象を見ながら、自分と対象に共通点を見出す。視覚的な感覚の整理とは違った、屈折感が言葉に表されていると思った。
