石白く敷けるを踏みて眩くにときはすべてを明るさに変う

近藤芳美『岐路』(砂子屋書房, 2004年)

週末は未来のシンポジウム「近藤芳美と社会詠」があった。パネリストの門脇篤史さんが言っていたけれど近藤の後期の歌はなかなか読みにくい。つぶやきのような思想詠が連続していて当時の社会状況がわからないと歌の内容が何を指しているのか取りずらいのが正直なところだ。他の歌人、例えば斎藤茂吉だと〈目のまへの売犬(ばいけん)の小さきものどもよ生長(せいちやう)ののちは賢(かしこ)くなれよ〉のような晩年になると異様な真面目さが逆にシュールに見える作風の変化があるが、近藤には一切ない。徹底的に通俗を避けていて、それが読みにくさにつながっている。ただその中でも最晩年の歌集『岐路』は読みやすい歌集である。最後から二番目の歌集で、近藤の身辺にも変化があるせいか個人的な出来事も詠まれており読みやすい。

石白く敷けるを踏みて眩くにときはすべてを明るさに変う

「眩く」は「まばゆく・まぶしく・くるめく」といった読み方がある。石畳を踏んだ瞬間に光が目に入ってきて立ちくらみする感覚になったと読むなら「まばゆく」が良いだろうか。「まばゆく」と「明るさ」はどちらも光の様子を言っていて意味が近いので「くるめく」と読む方が内容がバラけて歌のバランスは良いけれど、一首の中に光を表すフレーズを変奏するある種の過剰さを読んだ方が歌が際立ってくる。生涯一度きりのレトリックが使われているように思う。佐藤佐太郎の名歌〈夕光(ゆふかげ)のなかにまぶしく花みちてしだれ桜は輝(かがやき)を垂る〉の「まぶしく」「輝く」の荘厳な光は、目の前の桜が今この瞬間に垂れて光を放っているかのような一瞬と永遠が混じった不思議な時間感覚をもたらす。近藤の歌もまた上の句の一瞬の身体感覚が下の句で「とき」と入り混じる。

齢九十今日のよろこびに来てうたうハピイバースデーここの慣に

後記によると、この頃に介護施設へ居を移しているのがわかる。

二〇〇三年に満九十歳となる。すべて八十代後半の作品ともいえる。その間、わたしの生活にもやや変化があった。すなわち、永年住み慣れた豊島園の家と土地と共に売却、成城のマンションの一室に移った。いわゆる介護付きマンションである。/後記

誕生日を祝ってもらうけど「ここの慣に」習慣だから仕方なくやっている、そんなニュアンスを読み取れる。こう言ったところに生々しい近藤の意識を感じ取れて、それがとても良い。生きている感じがする。

テロリズムに加担するか文明の側に立つか問う単純のすでに仮借なく

「アララギ」の青春として重ねたる日本が戦争になだれなすとき

ひたすらに蟬の声降る日の盛り遥かとなりぬ見しものもみな

青春が戦争と重なる。近藤の場合は青春の時代の美しさが戦争によって後から否定されてしまうような引き裂かれ方をする。第一歌集『早春歌』の〈たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき〉のころの美しさは現代から見ても色褪せないロマンに溢れている。どこか遠い世界の物語の一シーンを見ているような感じだ。

石白く敷けるを踏みて眩くにときはすべてを明るさに変う

もう一度最初にあげた歌を読んでみる。「ときはすべてを明るさに変う」は近藤の願いだと思った。そう簡単に明るさには変わるとは思っていないだろう。まずは言葉が先にある。

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